"純日本家屋" そんな表現がしっくりくる豪勢なお屋敷の長い廊下を、目的の部屋まで小走りで行く。
時折廊下ですれ違う女中の方々と会釈をしつつ、下品に見えないように気を付けながら少しだけ走る速度を上げた。
目的の部屋の少し前で足を止め、身だしなみを整える。手鏡で少し乱れていた髪を直す。
ふう、と小さく息を吐いてから閉められている襖へ声をかけた。
………おかしい。何時もならすぐに返事があるのに。
最悪の事態を少しだけ想定しながら、無断で入室すると断りを入れて襖を開けた。
中を見渡すと部屋の主はおらず、また少しだけ不安が胸を過ぎるが、その考えを振り払うように頭を振って書斎へ続く襖を開けた。
他にも数室あるのだけれど、何となく書斎に居るような気がして己の直感を信じて書斎へ向かった。
書斎の襖は開け放ってあり、少しだけ身構えながら覗き込むと、

「……あれ、寝てる」

何時も彼が書を嗜む時や、読む時に使っている机にうつ伏せになって寝ていた。
寝ていると分かったのは、彼は私が部屋に入る気配に気が付かない訳がないし、何より彼は襖を開け放つような無用心な人ではない。
書斎の右側は中庭の縁側を隔てる障子と正面には机があり、その他は壁に隙間なく本棚がありその全てがびっしり書物で埋まっている。
最近はその本棚にも入りきらないらしく、畳に数冊本が積み重ねられていた。来る度本が増えるのだから、入りきらないのは当然。
今度この本棚の整理をさせてもらうように言ってみよう。
と、思考が別の方にいってしまっていたので思考を切り替える。そしてはっと気が付いて、足音を立てずに彼の近くまで行く。
机の少し上の方、ちょうど目の高さ位に丸く縁取られた窓がある。彼の艶やかな黒髪に陽の光が当たってそれはきらきらと綺麗だけど、眩しさで起きてしまってはいけないと思い静かに障子を閉める。
彼の肩にかけてあった上着が落ちそうになっていたので、かけ直そうと手を出したら、がしっと手首を掴まれた。

「…、か」
「な、薙真。……何時から、起きてたの?」
「んー、がそこの障子を閉めた時ぐらいですかね」


起こしてしまってはいけない思って障子を閉めたのが逆効果になってしまった。
折角すやすやと気持ち良さそうに寝ていたのに、私が起こしてしまうなんて、不覚。
薙真は体を起こしはしたけど、私の手首は掴んだままだった。掴まれている手首はちょっとだけ、痛い。

――― それにしても、何故はここに居るんですか?」

寝る時に外したらしい眼鏡をかけていない薙真は、見慣れているようで見慣れていなくて顔に熱がいくのが分かって、気恥ずかしさから思わず俯く。……眼鏡を外してる、だけなのに。
少しだけ違って見える彼にどきりとした。
座椅子に座り直した薙真は、右手で私の左手首を掴んだままで左手は机に肘をかけた。

「え、とね、美味しいお饅頭を貰ったから一緒に食べないか訊きに来たんだけど、呼んでも返事がないし、書斎の襖も開け放ったままだからどうしたんだろうって思って見たら、薙真寝てるんだもん」

驚いたよ、と言うと薙真は申し訳なさそうに
「それは、すまなかった」と謝るので、謝らなくていいよと返した。
謝らなくてはいけないのは私の方で、安眠を邪魔したことを謝ると
「別に気にしてねーですよ」と返ってきた。

「ところで薙真、お饅頭食べる?」
「あー…、そうですねえ。小腹も空いてきたことだし、頂くとしましょうかね」
「うん、じゃあ取って来るね!」


と、お饅頭を取りに立ち上がろうとしたけれど、薙真が掴んでいる手を離してくれないから立てない。

「………薙真?離してくれないとお饅頭を取りに行けないんだけど」
「くすくす、やっぱりお饅頭はまた今度にしますよ。
――― 今日は、こっちで」
「う、わっ?!!」


掴まれていた手首を引っぱられたので、体勢を崩してそのまま薙真の胸に倒れこむ。
倒れこんだ際の反動をしっかり受け止めて、薙真は片手で腰を抱いた。手首はまだ掴まれたままだ。
未だにこういった行為には慣れなくて、恥ずかしくて腰に回った腕を解こうと身じろぎをするも、逆に力が強くなった。
恥ずかしくて仕方がなくて、薙真の細い体とは裏腹に意外と厚い胸板に顔を埋めた。
右肩が重くなったと思ったら、どうやら薙真が顔を肩に埋めているらしく、耳に髪が当たってくすぐったかった。
すると耳元で
「…と艶っぽい声で自分の名を呼ぶ薙真の声に、思わず上ずった声を上げてしまった。
それが薙真の気を良くしたのか、何回も名前を耳元で呼んでくる。必死に声を抑えるも恥ずかしくてしにそうだった。

「っ、ちょ、っと薙真、いい加減に、して」

顔を上げて開いている方の手でぺしっと軽く頭を叩くと、薙真は顔を上げてこちらを向いた。
至近距離にある薙真の顔を見るのが恥ずかしくて俯きそうになるのをぐっと堪えて、睨む。

「くす、顔が真っ赤になってますよ。一体全体どうしちまったっていうんですか?」
「誰のせいだよ誰の!もう、離してよ!」
「それは僕のせいでしょうけど、離しはしないですよ。折角こうして捕まえたのにそれを容易く離す訳ないでしょう」
「捕まえたって、なぐ、んっ!っ、ふっ、ん」


近かった顔が急に近づいたと思ったら、深くて長い口付け。
たっぷり荒される口内。歯並びにそってなぞる舌。酸素を求めて開く口から漏れる甘い声にくらくらする。
静かな部屋に互いの息遣いしか聞こえないのが余計に恥ずかしくて、思わず空いている方の手で薙真の服を握る。
追いかけてくる舌から逃げようとするも、すぐに舌で絡み取られてしまって逃げられない。また声が漏れる。
頭が真っ白になりそうな程の感覚に酔いしれる。苦しくなって服を掴んでいた手を離して薙真の胸板を叩くと、名残惜しそうに唇を離した。
離したと思ったら、今度はちゅうっと軽く触れるだけのそれ。驚いた私の顔を見て、薙真は悪戯を思いついたような笑みをして、私の視界は回った。
正確に言うと、私は薙真に押し倒されて、薙真は私に馬乗りになっている。


「えっと、なんでしょうか薙真さん?」
「別にどうってことはねーですよ。こそ、どうかしたんですか?」
「どうって…、退いてくれませんかね?」
「それはいくらのお願いでも無理ですね。僕はつい先程、饅頭なんかよりを頂くことにしたんでね」


にっこりと普段あまり笑わない薙真が笑うと、ここまで恐ろしいのか。
じりじりと迫り来る薙真から逃げようと身じろぐも、今度は両腕をがっちりと固定されているので全く身動きの出来ない状態。

「さて、お互い愛し合うとしましょうか」

抗議の言葉は、先程よりも深くて長い口付けによって飲み込まれてしまった。




聞こえるかい僕の声が、

見えるかい僕の愛






≫『戯言シリーズ』早蕨薙真で、甘。蒼咲 静様、如何でしたでしょうか?
あの、本当、こんなに提出が遅れてしまって申し訳ないといいますか、すまんで済んだら警察なんて存在してないといいますか、本当、なんていうか、ごめんなさい!!!!!!!!!!(結局謝罪)土下座です!頭蓋骨が砕け散るまで土下座します!1年も経ってしまった上に、薙真くんですし(薙真くんが悪い訳じゃなくて手前の文章力がないんだよ)、申し訳ないです…。
ご応募してくださりまして、本当にありがとうございました!(20070928)
配布は終了いたしました。

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