00



初耳だった。

そんなこと、そんなこと今まで聞いたことがなかった。

知らなかった。

そんなに私は頼りなかったのだろうか。何故だか分からないけれど、酷く胸が痛かった。
















01



任務が終わった後は、精神面でも肉体面でも酷く疲れる。

それでも、疲労しきった身体を半ば引きずるようにして目的の部屋まで歩いていく。

疲れきって歩くことも辛くなってきている筈なのに、少しだけ足取りが軽くなっていることに気が付いて、そんな自分に苦笑を漏らした。


目的の部屋・・・特刑第一課の部屋の前で止まり、気持ちを落ち着かせる為に数回ほど深呼吸をしてノックをした。

いつも聞こえる筈の声が聞こえず、不思議に思っていると、別の声が聞こえて扉が開いた。

唐突に開いた扉に驚いて、危うく前のめりに倒れそうになったけれど、なんとか踏み止まることができた。

顔を上げると、なんと、総隊長殿が驚いた表情をして立っていらした。

暫くの間、お互いに顔を見合わせて固まっていたが、総隊長の方が先に我に返り「久し振りだな」と苦笑まじりに挨拶をして下さった。

それにやっと私も我に返って、敬礼し挨拶をし返した。

彼に会いに行く時には必ず総隊長がいらっしゃるので、何回か顔を合わせてはいるが、未だにこの方の雰囲気には慣れないでいた。

嫌いな訳ではないし、寧ろ私は尊敬の念を持っているのだけれど、要するに・・・少し苦手なのだ。

・・・そう言うと、決まって彼は笑っていたが。


キョロキョロと部屋を見渡していると、総隊長がこちらを向いて口角を上げて笑っている。

何だろうと視線を合わせると、更に笑みを深くしたので私が首を傾げると「清寿ならいねーぞ」と仰った。

直球で、それでいて的を射た発言に少し顔に熱がいったのが分かった。

どうも、バレていたらしい。

まあ、私がこの部屋に来る時は大抵、彼絡みなのだから分かって当たり前か・・・。それはそれで恥ずかしいのだけれど。




「あの、御子柴総隊長。・・・清寿はどうかしたんですか?」


「それがな・・・、任務終了した時によ、倒れそうになったんだよ。で、今は医務室に行ってる」


「!!! せ、清寿は大丈夫なんですか?!」




『医務室』『倒れそうになった』

その単語だけで不安が脳を、心を掻き乱しているのが分かった。

動揺から詰め寄った私を落ち着かせるように、総隊長は私の両肩に自身の両手を置いて返答なさった。




「安心しろ。あれはきっと、ただの寝不足だろ。あいつ睡眠はほとんどしないって話だし眠れないらしいからな」


「え・・・?」


「まったく・・・。こんな風に倒れるようなら、しっかり寝ろって話なんだけどよ」


「・・・清寿が、寝てない?」


「ん?どうした。・・・・・・・・・まさか、おまえ聞いて」


「・・・清寿が、眠れない?」




驚愕に目を見開いている総隊長を見て、私は更に愕然とした。

御子柴総隊長がお知りになっていて、私は・・・私は知らなかった?私だけ、知らなかった?

呆然と立ち尽くしている私を総隊長は思慮深く見た後、大きな溜め息を吐いて私の両肩に乗せていた手を下ろしになった。

私はというと、教えてもらえなかったというショックから顔を俯かせるばかりだった。




「何であいつが、お前にこの事を言わなかったかは大体は想像つくがな、別にあいつはお前を信用してない訳じゃないのは分かってやってくれ」


「・・・・・・・・・」


「・・・ったく。あいつはな、」




その言葉を聞いた瞬間、自分でもよく理解らないけれど気付いた時には走り出していた。

目指すは彼の居る医務室。

何も言わずに出てきてしまったことを思い出して、御子柴総隊長に後できちんとお礼をしに伺わなければと思った。
















02



走り出していった小柄な彼女を見て、思わず笑みがこぼれた。

少し離れた所から自分たちのやり取りを見ていた藤堂が何か言いたげな顔をしてこちらを見ていて、それが余計に可笑しかった。

俺の視線に気が付いたのか、藤堂がこちらに歩いてきた。顔は相変わらず、疑問に満ちたそれだったが。




「御子柴隊長、先ほどの女性の方は?」


「ああ、そういやお前はまだ会ったことなかったっけな。。俺らと同じ特刑で、清寿くんの女、さ」


「! ・・・式部隊長の彼女、ですか」




納得しているのかしてないのか微妙な返事を返す藤堂を横目に、これから起こるであろう痴話喧嘩を想像してみた。

あいつもあいつで苦労してるってことだよな。どっちもどっち、ていうところが妥当か。

まだ何か考えているらしい藤堂に視線を向けた。




「あんなに想ってくれる女が居るなんて、あいつも愛されてんな。羽沙希、お前もそう思うだろ?」




小さな肯定をするこいつを見て、また笑った。
















03



全速力で走ってきたせいで乱れている息も気にせずに、医務室の扉を豪快に開け放った。

運がいいことに、周りを見渡してもちょうど出払っているらしく、看護師さん達はいなかった。

彼が居るベットはすぐに分かった。カーテンが閉まっているベットは1つだけだったから。

医務室の扉を開けた時とは正反対に、静かにカーテンを開けた。

案の定、彼は目を瞑って横になっているだけで眠ってはいなかった。私にはそれが寂しかった。




「・・・清寿」


「・・・・・・え」




行き成り現れた私に驚いたのか、身体を起こしてこちらを呆けて見る彼が何だか酷く悲しかった。

胸の中に渦巻いている変な、気持ちの悪い感情をどうすることもできなくて、それすらももどかしくて仕方がなかった。

名前を呼んだのはいいが言いたいことがいっぱいあった筈だったのに、何も言えなくなってしまった。

そんな私を見かねてか、清寿は「、座りなよ」と椅子を指差したので、大人しくパイプ椅子に腰を下ろした。

沈黙が痛い。

自分が作り出した静かな空間に耐えられないけれど、何を話していいのか全く思いつかなくて、結局そのまま時間が過ぎる。

と、俯いていた私の頭の上に重力がかかった。

撫でられていると分かったのは、たっぷり10秒ほど経ってからだった。




「心配、かけちゃったのかな。・・・お願いだから、泣かないでよ




清寿に言われて自分が泣いていることに気が付いた。

自分の意識とは無関係にぽろぽろと流れ続ける涙を必死に堪えて、キッと彼を睨んだ。




「聞いたわよ!眠れないって、どうして言ってくれなかったのよ!私、そんなこと、全然知らなかった!!

 しかも清寿、倒れちゃうし・・・!なんで・・・、なんで言ってくれなかったのよバカ清寿!!!」


・・・」


「私、そんなの聞いてないよ・・・。ほんとに、知らなかった。ねえ、私ってそんなに頼りなかった?」


「っ、違う!そんなこと、ない」


「じゃあ、どうして・・・!!!」




どうして教えてくれなかったのよ。最後の方は、涙声でよく聞こえなかったかもしれない。

悔しかった。自分が除け者にされている気がして。

悲しかった。自分だけが知らないような気がして。

切なかった。自分は頼りないのだという気がして。

酷く、胸が、心が、痛かった。涙は止まることを知らないように流れ続けるし、これは自分の我が儘だということも理解していた。

それでも尚、私の頭を撫でてくれる彼の優しさが痛かった。それでいて愛おしかった。

泣き顔を見られたくなくて俯いていた私の右頬を、そっと、先ほどまで頭を撫でていた大きな手で包み込んで頬を撫でた。




「・・・ごめん。別に隠してた訳じゃないんだ。ただ、に変に思ってほしくなくて言わなかっただけなんだ」


「・・・・・・・・・」


「だから、を信用してない訳じゃない。これは誓ってもいい。・・・、信じてくれる?」


「・・・・・・う、ん」




清寿の言葉のひとつひとつが、心に染み渡っていくのが分かって、それと同時に罪悪感が満ちた。

よかったと言って笑いかけてくれる清寿に、止まっていた涙が流れ出して、私はどうしようもなくなって思わず清寿に抱きついた。

ごめんなさい、ごめんなさいと何度も謝る私に最初は戸惑っていたみたいだったけど、「いいよ。僕の方こそごめん」と言って、清寿は片方の手で器用に抱きとめつつ、また私の頭を撫でてキスをしてくれた。




「ねえ、清寿はさ、私と寝てる時はあれって寝てなかったの?でも、寝息立ててるし、いつも私より遅く起きてるよね?」




暫くして、涙と嗚咽が止まった頃、私は不思議に思っていたことを訊いてみた。

すると清寿は困ったように笑った。少しだけ思案した後に、「なんでだろうね」と苦笑した。




「分かんないんだけど、と寝るといつもぐっすり眠れるんだよね。あはは、そうするとは僕の抱き枕だね。

 嘘!嘘だからそんな怖い顔しないで。でも、ってすごく抱き心地いいんだよ?」




恥ずかしいことをさらりと言ってのける清寿に、赤くなった顔を見られるのが嫌だから、また清寿の胸板に顔を埋めた。

それでもこんな時間が幸せだと思った。もう心も、痛くない。

上から清寿のんー、という考える時に出る声が聞こえたので、顔を上げると、やはり何か考えていた。

私の疑問に満ちた視線に気が付いたのか、清寿は私の視線を真っ直ぐに受け止めて言った。




「んー、・・・そうだね。僕は、」




その次の言葉を聞いて、恥ずかしかったけどやっぱり嬉しくて、思いっきり清寿をぎゅっとしたら、清寿もぎゅっとし返してくれた。

愛してるって、こういう時に言いたくなるんだって、私はこの時に改めてそう思った。
















04



「・・・ったく。あいつはな、お前と居ると安心して眠れるんだって嬉しそうに笑ってたんだよ」


「んー、・・・そうだね。僕は、が隣に居るだけで幸せなんだ。と一緒だから僕は幸せなまま眠れるんだよ」










ほら見てごらん。


夜空の星はこんなにも



明るい。
















≫『DOLLS』式部清寿で、シリアス風味の甘。紅雀 音様、如何でしたでしょうか?

これ笑太くんドリィじゃ決してありませんよっていう話なんですよ本当!(必死)しかもえらく長ったらしい。
今回はちょっと頑張ってみた感がもりもりと。でも、もう少し早くアップしろよって!!!
遅くなってしまって本当に申し訳ありませんでした!!!切腹じゃ切腹!
そして間、間にある数字というか番号に意味はない(オイ!)。


ご応募してくださりまして、本当にありがとうございました!(20070603)


配布は終了いたしました。