月下美人の落つる時
ただ只管に走った。何度、足がもつれて転がり落ちそうになったか分からないが、それでも私は必死に走る。脳に生々しく蘇る先刻の光景を振り払うようにして更に走る速度を上げた。
「はぁっ、はぁっ」
その場に座り込んで乱れた呼吸を整える。咽喉が奥の奥まで渇いて呼吸をするのが苦しい。ひゅう、と咽喉から乾いた音が漏れた。ここは、何かあった時には必ず訪れる私しかしらないであろう秘密の場所だ。大きな木が一本あるだけでそれ意外は何もない所だが、私はその素朴さが好きだった。どうやら今日は満月らしく、月光が眩しかった。ぼんやりと満月を眺める。
また思い出したく無いのに、先刻の光景が頭の中で再生された。ぎゅっと両手を前で握って耐える。咽喉元が熱くなって堪えていた感情が込み上げてくる感覚に、私はより一層身体を縮ませた。それでも一度溢れ出した感情は止まる事を知らず、私は声を押し殺して泣いた。これ程泣きじゃくるのは、一体どのくらい振りだろうか。
まだ冬にはならないといっても肌寒い。雲も出てきたようで、輝く月は陰り始めた。
・・・・・・・・・分かっていた筈だろう。所詮は叶わぬ恋だと。それでも、お傍に居たいと心に決めたのは自分ではないか。それなのに・・・。それなのに、あのような場面を見ただけでこの様になるなど、駄目ではないか。辛くてもいいと、決めた筈ではなかったのか。自分の弱さに嫌気も差して、抱えた膝に顔を押し当てた。・・・情けない。
と、背後から知った霊圧を感じて咄嗟に顔を上げてしまった。
失敗した、と思った。こんな酷い顔を上げてしまった。私の、今一番逢いたくなかった人に。
「探したぜ・・・、」
「・・・ひ、つがや、たい、ちょう」
どうしてこの場所に、とか何で隊長が、とか疑問は次から次から出てくるけど、口から出た言葉は何とも情けないものだった。名前を呼ぶだけでこんな、胸が痛くなるなんて。
「・・・・・・・・・泣いてたのか」
驚きの余り、泣き顔を晒していたのをすっかり忘れていた。とっさに顔を膝に押し付けるも、時すでに遅し。それでも苦し紛れに「・・・泣いてません」と言ってみたものの、「じゃあ、顔を上げろ」「無理です」「上げろ」「嫌です」「いいから上げろ」といった具合に言い合いが続く。こんな事、している場合じゃないだろう自分。
日番谷隊長の大きな溜め息に思わずびくっと肩が上がる。すると、どかっという音が聞こえた。顔を上げていないからよく分からないが、どうやら日番谷隊長は私の隣に腰を下ろしたらしい。・・・どうしよう。鼓動が、激しい。
「・・・隊長、早く戻らないと乱菊さんに怒られますよ」
「が戻るなら俺も戻る」
「・・・仕事、溜まってるんじゃないんですか」
「なら尚更、が居た方が早く終わりそうだな」
「・・・・・・・・・そんなこと、ないですよ」
頑固なのは知っていたしそんな所も慕っていたけれど、正直今は勘弁して欲しい。・・・困ったなあ。隊長にこの赤く腫れ上がった目を隠し通す事は不可能だろう。泣いていた事は認めるしかないとして、理由をどうにかしないと。
そんな私の心境を尻目に「どうして泣いてたんだ。それに、何で走っていったんだ」という真剣な声に、どうやら負けを認めるしかなくなったようだった。
「・・・泣いてたのは、ちょっと嫌な事を思い出したからです。走ったのは、用事を・・・思い出して」
信じて欲しいという私の願いは聞き届けられる事はなく、日番谷隊長は静かに「嘘だな」と言った。
「俺に嘘吐いてんじゃねえよ。こんな何にもない所に急用なんて有り得ねえ。お前は俺を見て・・・走っていった。・・・違うか?」
どうして隊長は、こうも私を掻き乱すのだろう。何時もはこんなに追及してくる事はないのに。そっとしておいて欲しかったと思う反面、隊長が追いかけて来てくれた事に喜んでいる自分が居る事も確かだった。私が何も答えないでいると、隊長は沈黙は肯定と受け取ったのか
「俺が何かしたのか?お前が泣いている原因が俺なら、謝る。だから、教えてくれないか?」
何時も以上に優しい声色。先刻のあの光景が、鮮明に蘇る。
「・・・・・・あの女の人と、仲いいんですね」
「・・・何?」
「驚きました。日番谷隊長があんなに笑っている所、初めて見ました」
胸がきしりと痛んだ。先程あれだけ泣いた筈なのに目頭が熱くなる。一度言い出したら止まらない。醜い感情が溢れ出す。
「隊長に用があったんですけど、邪魔しちゃいけないと思って」
「・・・・・・・・・。それは分かったが、お前が泣いた理由が分からない」
「それは、・・・・・・・・・・・・」
そんな事、言える筈ない。隊長が女の人と仲良さそうに話しているのを見ていたら、泣いていただなんて、そんな。それは私の勝手な嫉妬で。だから何も隊長は悪くない。私は唯、八つ当たりしてるだけ。
暫くの沈黙の末、隊長は「顔を上げろ」と言った。
「だから無理です」
「隊長命令だ。顔を上げろ」
「・・・職権濫用ですよ」
「隊長なんだ、このぐらいは大丈夫だ。・・・ほら、顔上げろ」
何時もは職権濫用なんてしない癖に。目はきっと酷く腫れているだろうけど、仕方がないと顔を上げる。隊長は何時の間にか私の前に移動したらしく、銀色の髪が月光に反射して酷く美しかった。どうしようもなく胸が痛くなった。
「、お前は何か勘違いしているようだから言っておく。あいつはそんなんじゃねえよ」
「・・・・・・嘘ですよ。だって私、隊長があんなに笑ってる所見たこと、っ」
隊長の顔が近づいたと思ったら、唇に何か当たる感触がした。突然の事で思考が追いつかない。顔が離れてやっと状況が飲み込めた。けれど、隊長は何を・・・?
「たい、ちょう・・・」
「俺はお前が好きだ」
「!!? ・・・嘘」
「嘘じゃない。お前は、どうなんだ。言ってくれよ」
嘘だと思った。だって、そんな事ある筈が。信じられなくて、でも日番谷隊長の目が真剣で、嘘じゃないと分かった。顔が赤くなる。恥ずかしくて仕方ないけど、目が逸らせない。隊長がじっと私を見て催促してるのが分かった。
「わ、私も・・・好きです」
にっこりと隊長は笑ってくれて、それが堪らなく嬉しくてまた涙が頬を伝った。そして今度は先程よりも長い口づけを交わす。
「んっ・・・・・・・・・」
「やっと、捕まえた。・・・」
長い片思いがようやく終わりを告げた。
≫『BLEACH』日番谷冬獅郎で、片思い→甘。紀野 林檎様、如何でしたでしょうか?
もうあれです、遅くなった上に長ったらしくて誰?状態ですごめんなさい。侘助で謝ります(意味分からん)。はい、こんなつたない文章ですみません。気に入っていただければ幸いです。
月下美人の花言葉:儚い恋
ご応募してくださりまして、本当にありがとうございました!(20070826)
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