季節は変わって移りゆくものです。
桜が舞うこの季節、何か変わっていくのでしょうか。
今日は待ちに待った、正十字学園の入学式。
真新しい高校の制服を身に纏い、意気揚々と学園中心部に足を運んで来たのは良いものの・・・
「(・・・迷った)」
はぁ、と小さく溜め息を吐いても現状が変わる事はなく、目的地の書かれた地図を片手に立ち止まるばかりだった。
確か同じ制服を着た同い年の子達の後をついて来た筈なのに、どうして私は迷っているのだろう?
初めて来る場所なのだから迷ってしまうのは仕方のない事だと思うけど・・・。
それにしたって、後についていた筈なのにどうしてこんな事に・・・。
地図を持っていない方の腕に巻かれた時計を見ると、学園に着いた頃には随分と余裕のあった時間もかなり削られていて、
このままでは入学式に間に合うどころか目的地である大講堂にすら辿り着けないかもしれない。
それはさすがに、
「(困る。・・・というか怒られる・・・)」
にこにこにこにこと容赦の無い嫌味を言うだろう姿を想像して身震いした。
背に腹は代えられない。
呆れられても怒られるよりはマシだろうと思い直し、また小さく溜め息を吐いて制服のポケットから携帯を取り出して電話をかける。
数回目の呼び出し音で電話の向こうの主は応じてくれた。
『もしもし? どうしました? もうすぐで入学式が始まってしまいますよ?』
「えっと、それが、その・・・」
『なんです、歯切れが悪いですねぇ?
・・・・・・もしかしてあなた、まだ大講堂に着いてないなんて言うんじゃ』
「・・・そのまさか、だったり、じゃなかったりー、」
えへへ、なんてカワイコぶってみたけど、それに対するリアクションどころか返答すらない。
沈黙がこれほどまでに凶器になると誰が思っただろうか。
ちなみに私は言葉の暴力は知りはすれど、沈黙の凶器は知らなかった。
というか、出来る事なら一生知りたくはなかった・・・。
はぁぁぁ、という盛大な溜め息が聞こえる。
『あなたって人は本当に・・・。
まあ、いいでしょう。今から迎えに行って差し上げます』
「ありがとうございます!」
即座にお礼を言う。
さっきの溜め息で心が折れかけていたけど、一気に気分が浮上した。
『ですが、その場から一歩も1ミリたりとも動かないでくださいね? いいですね?』
「・・・はい」
『いい子ですね。では、また』
プツッと電話を切られる音がして、私は携帯を下ろした。
どんだけ念入りに厳重注意されてるんだ私は・・・。
いや、でも元はといえば迷ってしまって遅刻しそうになっている自分が悪いんだし、迎えに来てくれるだけ有り難いと思わなければ。
見捨てないでいてくれた訳だし。
さてと、迎えが来るまでどうしようかなと周りを見渡すと、小綺麗に手入れされたベンチが数歩先にあったので腰を下ろす。
入学式初日で迷子になるとか、こんな筈じゃなかったのになぁ・・・と後悔すれども事実は変わらず。
ま、いい思い出になったと思えば!
ポジティブに思考を切り替えて、近くからでも十分に聳え立ってみえる正十字学園を眺め見る。
「(これが、私がこれから通う学校・・・)」
わくわくと期待する気持ちと、ちゃんとやっていけるだろうかという不安が今頃になってまた押し寄せてきた。
高等部での友達もそりゃあ作りたいけど、塾でも友達・・・仲間が作れるといい。
・・・塾かあ。
例えば私が、年頃の子達と変わらない普通の生活を送ってこられたのなら、きっとこのお金持ち学校になんて入学してないし、むしろ存在すら知らなかったかもしれない。
でも、別にそれを後悔しているわけじゃない。
だって、自分が選んだ道だもの、後悔する筈ないよね。
「ね、おとうさん、おかあさん」
首に下げてあるペンダントに唇を寄せる。
吹き抜ける風に、さあっと桜吹雪が舞う。
風に乱された髪を掬う視線の先に、どぎついピンク色が見えた。
「さあ、迎えに来て差し上げましたよ、
」
「・・・おじさま。意外と着くの早かったですね」
「意外とだなんて心外ですねぇ。この学園を統べている私に不可能なんてないんですよ」
「とかいって、いつものように鍵を使って来たんじゃありませんか?」
「おや、余計なことを言うもんじゃありません」
興が醒めるでしょうと、ぺしっと頭を叩かれる。
曲がりなりにも女の子である私に少しは手加減して欲しいところだけれど、わざわざ迷子になった私を迎えに来てくれたので黙って叩かれておく事にする。
ぺしぺしっと執拗に頭を叩き続けながら「いい音しましたねぇ!」とか言ってるけど、ここは、我慢だ、!(その顔腹立つ!)
ようやく気が済んだのか叩いていた手を止めて時間を確認し、すっと私に手を差し出す。
差し出された手を取って、ベンチに座っていた私も立ち上がる。
「ああ、もうこんな時間だ。
まったく。あなたの迷子スキルにはほとほと手を焼く・・・というよりかは、
この私ですらもお手上げ状態と言わざるを得ない」
「なっ! 誰かと一緒なら大丈夫なんですー! それに初めて来た所は誰だって迷います!」
「はいはい。そういう事にしておきましょうかね」
「そんなにご心配でしたら最初から私を目的地まで案内してくださいよ!」
抗議の言葉を投げると、おじさまはニィと不敵な笑みを浮かべて、
「私は大事な用があったので、あなたを迎えには行けませんでしたよ」と言った。
おじさまのこの笑みに良かった思い出などないので、「まあ、いいですけどね」とだけ返しておいた。
下手に詮索してこちらに飛び火してしまっては大変だ。(触らぬ神に祟りなし・・・)
それにしても、まったくこの人は何を企んでいるのやら。
比較的長い時間を近い所で過ごしているとは思うけど、未だにその考えの意図を理解できた試しがない。
隣を歩くおじさまを盗み見ても当然分かる筈もないので、諦めて視線を元に戻した。
「(おじさまの思考どころか、その妙な格好も私には理解できないんだけど)」
「
、今失礼なことを考えましたね?」
「(!!!)いやあ! 滅相もない! おじさまの大好きなピンク色の季節だな〜って!」
「そうですねぇ・・・桜、春、桃色の季節ですか・・・」
命拾いした・・・。
完全に騙せたとは思わないけど、また頭を叩かれたり、それ以上されないだけ良かったとしよう。
しばらく桜並木に沿って歩いて行くと、大きくて豪華な造りの扉が現れた。
きっとおじさまはこの扉を通って来てくれたのだろう。
そういえばお礼、言ってなかったな。
改めて面と向かって言うには少し恥ずかしくて、私は歩きながら隣を歩くおじさまに声を掛ける。
「あの、おじさま・・・。その、迎えに来てくれたし、色々と、ありがとうございます」
最後の方は気恥ずかしくて尻すぼんでしまってけれど、なんとか伝えられた。
ただそれ以上の言葉を紡ぐ事が出来なくて、沈黙が落ちる。
少しの静寂の後、小さく笑う声が隣から聞こえてきて、いつの間にか俯いていた顔を上げて様子を伺う。
おじさまは私を見るのではなく遠くを見ていた。
だけど、彼は遠くを見ていたけれど、その視線の先にある何かに笑い掛けているように思えた。
「・・・いえ。私の方こそ、あなたの晴れ姿が見られて良かったです。制服よく似合っています」
いつのも小馬鹿にするような笑みとは違って、少しの優しさが含まれているように見えたのは、
くしゃくしゃと乱暴に頭を撫でる温もりか、それとも桜の儚い優しさか。
私にそれは分からなかったけど、ふとした瞬間のこういう姿も知っているから私はこの人を憎めないんだろうなと、思った。
それが愛情か何かなんていう言葉では形容しがたい事は、私もこの人も理解しているけれど。
「・・・ありがとうござ「馬子にも衣装ですけどね」・・・・・・」
可愛さ余って憎さ百倍。
なんてそんな可愛いもんじゃないけど、本当にこの人は余計な事しか言わない・・・。
まあ、可愛気のなさは私も人の事言えないんですけどね。
ただ折角上がったテンションを叩き落とされたから、一発ぐらい叩いても許されるよね?
これは運命の悪戯
(さて、始まりました。末永くお付き合い願います)(20110616)