入学式はひどく退屈だった。
学校の神聖な行事なんてあんなものだろうけど、それにしたって学園の規模が大きいせいかえらく長かったように思う。
来賓挨拶とか何人いるんだっつーの・・・。
ただ、新入生代表挨拶の時は学年トップの成績の生徒がするものらしく、ざわざわと黄色い歓声が上がっていたので印象には残っていた。
私の席からは遠くてよく見えなかったけれど、どうやら眼鏡イケメンさんらしい。
特進科のようなので接点はないにしろ、出来れば近くで拝みたかった。
女の子だってそれなりに目の保養は大切だ。
式が終わった後は、高等部でクラスの顔合わせやこれからの学校生活についてのなどの説明を兼ねた簡単な授業があった。
高等部のクラスでは数人の友達が出来たので、まずまずといった出だしだろう。
ちょっと安心した。
そして今、高等部の授業開始は明後日からなのだけれど塾は今日から開始という事で、目的地に行くために人を待っている。
というのもメフィストおじさまの事なんだけど。
朝の迷子騒動(?)のせいでこうなってしまったのは分かる。
分かる、けど、鍵があるから私だって行ける! はず・・・。
ただ、おじさまはそれを良しとしなかったし、迷子になって迷惑を掛けたのは事実なので渋々了承した。
「(大体、女の人は男と違って方向音痴になりやすい傾向にあるって何かで言ってたし。きっと私だけじゃないし!)」
昔聞いたであろう知識を呼び起こして胸の内で弁解しておいた。
しばらく待っていると、「お待たせしました」と聞き慣れた声がしたので振り返ると、
同じ正十字学園の制服を着た男子生徒と、可愛らしいわんこが私を見ていた。
なんだってまあ、そんな姿に・・・。
「犬の姿になっているのを見るのは久しぶりです」
「そんなに頻繁に犬になっていては威厳も何もないでしょう。
それに、あなたに撫でくり回されると分かっていながらこの姿になるほど、私は愚かしくはありませんよ」
だって可愛いじゃないかメフィ犬。
触りたくなるじゃん可愛いじゃん抱き着きたくなるじゃん!うずうず!
「・・・抱っこしてもいい「駄目です」・・・ひどい」
「あなたに抱っこされていては道案内が出来ません」と正論を言われてしまっては引き下がるしかなかった・・・。
しょんぼりと肩を下げていると、今まで蚊帳の外になってしまっていた男の子が控えめに声を掛けて来た。
声を掛けられてそういえば男の子もいた事を思い出して、紹介を促すためにおじさま(犬)の方を見た。
男の子は奥村燐という名前で、同じ祓魔師を目指す塾生だった。
どうやら彼もこれからメフィストおじさまに案内してもらって塾に行くところだったらしい。
おじさまの事だから、きっと奥村くんを案内するついでに私も連れて行った方が面倒事が起きなくて丁度いいし、方向が同じだから都合がいいって感じなんだろう。
さすが、合理的に動くお人だわ。
「あのさ、ひとつ聞いていいか?」
扉のある所まで先導してくれるおじさま(しっぽふりふりでめっちゃ可愛い)に付いて歩いていると、
隣を歩いていた奥村くんが私に質問をしてきた。
それに対して私は、なあに?と答える。
「はその、こいつと知り合いなのか?」
こいつに当たる人物は私と奥村くん以外に1人しかいないからすぐ分かった。
でも私からすると、奥村くんとメフィストおじさまが知り合いの方が驚きなんだけど、と思いながらも返答する。
「知り合いというよりかは、んー・・・、もっと深い関係?」
「うおええ!!!?? え、ちょ、なんか禁断の・・・」
「奥村くん、馬鹿を言うのはおやめなさい。私はこんな小娘にはこれっぽちも興味ありませんよ」
「あら、私だってこんな訳の分からないオジサンなんてこっちから願い下げです」
にこにこと笑いながら否定すると、奥村くんは顔面蒼白になりながら謝ってきた。
元はといえば私が曖昧な言い方をしたのが悪いんだけどね。
説明をし直そうと私が口を開くより先に、おじさまが話し始めた。私に代わって説明をしてくれるらしい。
「彼女は言うならば私の養子・・・と言ったところでしょうか。
あなたも私が後見人となったわけですが、彼女もまた、私が後見人なのですよ」
「まあ、実際おじさまに1から育ててもらったわけじゃないから、
さっき言った通り知り合い・・・というよりは深い関係って感じなんだよね」
「な、なるほど・・・」
ふむふむ・・・とどうやら納得したらしい奥村くん。
それにしても奥村くんも後見人がメフィストおじさまという事は、何か訳ありなんだろうけど私が詮索していいような話じゃないだろう。
人には触れて欲しくない過去はあるものだ。
それをこの場で聞いていい程、私と奥村くんはまだ仲良しじゃない。
「さて、扉の前まで来た事ですし、奥村くん。先程差し上げた鍵はお持ちですね?」
「え、ああ、これの事か?」
「そうです。では、ためしにこの扉をその鍵で開けてごらんなさい」
奥村くんは鍵についてよく知らないのか、訝しんでいたけれど実際に扉を開けてみて驚いたみたいだった。
その反応が面白くて少し笑ってしまったけど、奥村くんには気づかれなかったようで良かった。
どうやらメフィストおじさまは道案内だけではなく、初日の授業を見学するようで犬の姿から戻る事はなかった。
理事長だから気になるのかな・・・?
とてとてと歩くメフィ犬は【一一〇六】と書かれた扉の前で立ち止まった。
そこで落ち着いていた心拍数が上昇する。
ああ、またドキドキしてきたと両手を胸の前でぎゅっと握っていると、奥村くんも「なんかドキドキしてきた・・・」と小さく洩らした。
「(奥村くんって豪勢な感じがしたけど、緊張したりもするんだ・・・。なんか・・・親近感)」
ちょっと距離が近づいた気がして嬉しい。
ふぅと息を吐き、お互い顔を見合わして教室の扉を開ける。
教室は廃墟かと思いぐらいに古く、そしてがらんとしていた。
塾生だと思われる人達はいるけれど、その人数は両手で足りるほどで少し不安になった。
しかも、女の子が2人しかいないし、頭の色が派手な人達がいるし、なんかよく分かんない謎の人もいるし・・・。
同じ事を思っていたのか、席に座った奥村くんも少ないと言った。
「奥村くん、隣の席に座ってもいい?」
「ん? ああ、いいぜ!」
ありがとう、とお礼を言って隣の席に座る。
奥村くんに説明しているメフィストおじさまが言うには、これでも今年の塾生は人数の多い方らしい。
そんなに祓魔師になりたい人がいないなんて思わなかった・・・。
でも悪魔が見える人の方が少ないから仕方ないか・・・。
ガチャ、と扉を開ける音と掛け声に反応してそちらを向く。講師の先生が来たみたいだ。
瞬間、隣の奥村くんが盛大に吹き出した。
「(・・・・・・汚い)」
理由はよく分からないけど、奥村くんは先生に対してわーぎゃー騒ぎ立てている。
突然の事で驚いて見ていると、柔らかい感触が膝の上に乗った。
どうやら先程奥村くんが盛大に吹き出した時に唾が飛んだのが嫌だったらしく、メフィ犬は私の膝の上に避難してきた。
きゅんきゅんしながら背中を撫でると、「授業に集中しなさい」と怒られた。
いやでも、いくらおじさまの言う事でも可愛いわんちゃんが膝の上に乗ってたら授業に集中できるわけ痛いごめんなさい。聞きます聞きます!
それにしても、と観察する。
奥村という名字と奥村くんの反応からして、どうやら兄弟みたいだけど、双子・・・なのかな?
同い年だけど、2年先輩で先生。
祓魔師としての資格も持っているし、何よりとても同い年とは思えないぐらいにしっかりしている。
仮に奥村くんと双子の兄弟だとして、彼もまたメフィストが後見人という事は訳ありなんだろうな、とぼんやりと思った。
つらつらと考え事をしている間にどうやら実践授業をするらしい流れになっていた。
隣の奥村くんがこちらを伺っていたのに疑問を持ったけど、そのまま流して先生の話を聞く。(おじさまと内緒話をしているのに聞き耳を立てる程、私は野暮ではない)
魔障を受ける授業・・・。
まあ、私はすでに魔障を受けているから、今日の授業はあまり関係ないか。
準備を始める先生の様子を眺めながら、私の膝の上でまったりしているメフィ犬の背中を撫でる。
私の心情を察したのか、彼はしっぽを一度だけ振った。
桜花の春便り
(みんなの天使、燐ちゃんの登場)(20110620)