どうやら奥村くんは、奥村先生(ああ、もう紛らわしいな!)が先生になっていたのを知らなくて怒っているらしい。
そしてあろう事か、隣の席に座っていた筈の彼は、教壇に立つ奥村先生に掴み掛かってしまった。
さすがに今日顔を合わせたばかりだと言っても、仲裁しなければ、と思って席を立つ。
知り合いが取っ組み合いのケンカを始めるのを傍観していられる程、私は冷たくない。



「ちょっと、奥村くん! いや、先生の方じゃなくて、ああ、もう! 燐!!!
 今は授業中だから話をするなら後に、」

「今知りたいんだよ俺は!!!」



向けられた怒声にビクつく。
出会って間もない私は、これ以上彼を止める言葉が出てこなくて、その場に立ち尽くす。
これが今の彼との距離なのだと思い知らされたようで、悔しい。

奥村先生は、私と燐を交互に見やってから小さく溜め息を吐いた。



「・・・仕方ありませんね。
 みなさん、申し訳ないですが、奥村くんと話があるので部屋の外でお待ちください」



奥村先生の言葉に、塾生達は文句を言いながらも教室からぞろぞろ出て行く。
その光景を横目に見ながらも立ち竦む私に、「さんも、ね?」と奥村先生に優しく促される。
恐る恐る燐を伺い見ると、申し訳なさそうに眉を下げて私を見ていた。
さっき怒鳴った事を気にしてくれているみたいで、それにほっと胸を撫で下ろす。
嫌われた訳じゃないみたい。



「あのね、燐。ちゃんと奥村先生の言い分も聞いてあげなきゃダメだからね」

「・・・分かった。あのさ、その、さっきは怒鳴ったりして悪かった。が悪いわけじゃねぇのに」

「・・・うん。燐がちゃんと謝ってくれたから、いいよ。じゃあ、後でね」



私達の様子を伺っていた奥村先生に「失礼します」と声を掛けて、私も教室から出て扉を閉めた。


廊下には、先に出ていた塾生達がそれぞれ話をしていた。
すでにグループが出来ているらしく、なんだか入りにくいなぁと思いながら壁に寄りかかった。


「(仲良くはなりたいけど、どうしよう?)」


話しかけたいけどタイミングが掴めない・・・。
女の子はグループ出来ると閉鎖的だし、それに私、なんだかんだで人見知りするし・・・。

なんて考えていると、1人の男の子が声を掛けてきてくれた。


「(ピンクの髪・・・?)」


柔和そうな笑顔とたれ目が印象的な、綺麗な桃色の髪をした背の高い男の子だった。
その髪色が地毛なのかどうなのかは分からないけど、彼によく似合っている。
この季節にぴったりの、色。

はっと我に返る。
あまりじろじろと見るのも悪いとピンク髪の彼の後ろを見ると、黒髪に金のメッシュを入れた男の子と小柄な坊主の男の子がいた。
そこでようやく、彼らが教室の右側に座っていた派手な人達だと分かった。
ただそんな男の子達に声を掛けられるとは思ってなかったので、変にどぎまぎしてしまう。
戸惑う私をよそにピンク色の髪の男の子はにこにこと話しかけてくれる。



「自分、志摩廉造とええます。名前おせてもろてもええどすか?」

「あ、私はって言います。志摩くん・・・だね。えっと、よろしくね?」

「・・・、ちゃんかぁ。かいらしい名前やなぁ」

「!! ・・・あの、おおきに?」



返事をしてから自分の発した言葉に気づいて、かっと顔に熱が集まるのが分かった。
ふと、つられて関西弁で返事をしてしまった・・・。
いくらなんでも初対面で馴れ馴れしいし、私は何を口走って、と恥ずかしさと気まずさに目を反らす。
すると、ぷっ!と吹き出す声が上の方から聞こえて思わず顔を上げると、志摩くんが目に涙を浮かべて笑っている。
てっきり機嫌を悪くさせたと思っていたから、予想とは違う反応に呆然としてしまう。
驚いたのは私だけじゃなかったようで、少し離れて様子を見ていた男の子2人は慌てて志摩くんに声を掛けた。



「志摩アホか!!!」

「坊こそアホって、そりゃないですわ」

「アホもアホや! 女の子に何しとるんや!! 見てみぃさんぽかんとしてるやろ!」

「そんなん言わはっても、おおきにって返す女の子って・・・ぷぷ」

「志摩さん! ああ、すんません! 志摩さんに悪気はないんで許してくれまへんか?」

「・・・いや、私はそこまで気にしてないんで・・・平気、です」



突然笑い出したことには少し怒りたい気持ちもあったけど、笑った理由が理由だから恥ずかしくて、ごにょごにょと返事をする。
そんな私の様子と相変わらず笑う志摩くんを見た金髪くんは、ごつん!と志摩くんの頭を殴った。
痛そう!と私が思ったことを立証するように、志摩くんの目にはさっきとは違った涙が浮かんでいる。



「いたっ! 坊いきなり拳骨て!!」

「やかましぃわ! ・・・堪忍なぁ、さん。志摩がわろおたりして」

「ううん! その、あなたが代わりに怒ってくれたから、もう大丈夫。ありがとう」



そこまで怒ってないけどね。
でも、とお礼を伝えると金髪くんは頭を掻きながら「大したことやない」とだけ言った。

少し落ち着いたところで、目の前で志摩くんを怒ってくれてた彼を見る。
教室で初めて見た時は、金髪で目つきが悪くて恐そうな人だな、なんて勝手に思ってしまったけど、実際はいい人みたいだ。
人を見かけで判断してはいけないと反省・・・。
ほんの少し彼に対して罪悪感を抱いていると、金髪くんは、こほんと咳払いして私を改めて見た。



「改めて自己紹介させてもらうわ。俺は勝呂竜士や」

「僕は三輪子猫丸ええます。さっきは志摩さんがすんません・・・」

「私はです。勝呂くんに三輪くん、だね。よろしくお願いします。
 それと三輪くんが謝ることじゃないし、志摩くんのことはもう大丈夫だから!」

「なんや2人して俺が悪いような言い方・・・
 まあ、俺もいきなりわろたりして堪忍なぁ、ちゃん。もうしーひんから許してくれはります?」

「だからもう平気ってば! 大丈夫だよ」



そう伝えると志摩くんはへらっと屈託のない笑みを浮かべて「ちゃん、おおきに」と言った。
今まで標準語ばかり聞いていた私の耳には、ゆったりした京都弁がこそばゆくて不思議な気分になってしまった。
それに、志摩くんのこの笑顔は人の毒気を抜く効果があると思う・・・絶対に・・・。
変な気持ちを切り替えるために、3人に声を掛ける。



「3人はみんな仲良しだし、京都弁?っぽいけど・・・同じ所の出身なの?」

「ピンポーン、ちゃん正解〜!
 詳しく言うとなぁ、俺と子猫さんは坊の父親、和尚の弟子で昔から仲良しなんねん」

「へ〜、だから勝呂くんのことそういう風に呼ぶんだね。じゃあ、お経とか唱えるの得意なの?」

「僕と坊は得意な方やけど、志摩さんはからっきしですよ」

「ちょ! 子猫さん余計なこと言わんといてぇな!」



焦って三輪くんに言い訳をする志摩くんを、さっきのお返しとばかりに少し笑う。
すると志摩くんはくるっと私に向き直ってじと目で「意外と根に持つ人やね」と言うもんだからまた笑ってしまった。
くすくすと笑うと志摩くんは拗ねたようにそっぽを向いてしまった。
少しからかい過ぎたかな・・・。



「ごめんね、志摩くん。私も笑ったこともう掘り返さないから、志摩くんも許してくれないかな?」



ね?と両手を顔の前で合わせて謝罪のポーズをする。
勝呂くんと三輪くんも視線で促してくれる。
すると志摩くんは降参とばかりに私とは反対にお手上げのポーズを取る。



ちゃんにお願いされたら、許さないわけにはいきまへんよ」

「さすが志摩くん! ありがとう」

「めっそうもない。それに坊と子猫さんにそない見られたら恐くて敵わんわ」

「な!!! 志摩それどういう意味や!」

「おー、こわ」

「志摩どつくで!!!」



ぎゃいのぎゃいの始まったどつき合いを見る。
勝呂くんと志摩くんが騒いでるのを三輪くんが仲裁に入っている姿は、きっと日常茶飯事なんだろうなと思って、その賑やかな光景に口角が上がるのが分かった。

初めての祓魔師としての授業に戸惑ってばかりだったけど、この塾での生活も楽しくなりそうだ。
少し拭えた不安に自然に笑みがこぼれながら、未だに続く3人を見やった。
これから授業だの試験だのいろいろ大変だと思うけど、今日仲良くなった彼らと一緒ならどうにかやっていけそうな気がした。



しばらく賑やかさが続いたところで、教室の扉がガチャリと開いた。



「みなさん、お待たせしました。では、授業を再開します」



扉から顔を出した奥村先生が、廊下にいる私達に声を掛ける。
それを合図に塾生達はぞろぞろと教室に入って行くなか、少し前にいた志摩くんを呼び止める。



「どうしはったん?」



京都弁で促されたことがなぜだか無性に気恥ずかしくなって、矢継ぎ早に「声掛けてくれてありがと」と言い残して、志摩くんを追い越す。
どうしてだろう、同じ話し方なはずなのに、勝呂くんや三輪くんよりも、彼の声が異様にくすぐったく聴こえた。


急いで入った教室には、横一列に立っている塾生達。
その光景に首を傾げながら隙間から覗き見ると、私も呆然とその場に立ち尽くしてしまった。
一体全体なんだというのだろうか、この有様は・・・。
教室は私達が出て行く前の整ったものではなく、嵐が去ったように机や椅子、照明などが散乱していた。
これがこの双子なりの兄弟ケンカというのなら納得が・・・いくはずはないけど、燐ならやりかねないと思ってしまった。
隣にいた勝呂くんが小さく「なんなんや、こいつら・・・」と呟いたのには私も同意見である。

変わり果てた教室を見渡すと、こちらを見ていた燐と目が合う。
吹っ切れたように私に笑いかける彼を見たら、何も言えなくなり私は曖昧に溜め息を吐いた。






では試しに挨拶から








(京都弁は頑張ってますが間違ってるのでスルーしてください)(20110721)