そよそよと吹く風と、ざわざわと揺れる木々の音。 目の前の男はただ静かに朱を刈り取る。男の片腕には刈り取られた朱が零れ落ちそうな程に抱かれていた。 一つ、また一つと辺り一面に咲き乱れる朱が刈り取られていく。 そよそよ、ざわざわと同じ音が響き、男の動く音と刈り取る音が混じり合う。その中に私が出す音はない。 それは私が朱の中に存在している男を瞳に映しながらも、一歩踏み出せば朱の広がるその場所から動いてはいないからだ。 その朱は、私などが踏み込んではならない聖域のような気がして、私はただ呆然と立ち竦んでいた。 暫くして男はようやく満足したようで、朱を刈り取る手を止めた。そして緩慢な動作でこちらを向き、私を見据えた。 ばっちりと合わさった視線を逸らせずに、また私は動けないでいた。 男は腕の中の朱を抱えなおして、一歩一歩私との距離を縮めてくる。それでも私は、身動きすらもとれないでいる。 そして、見上げなければ顔を見れない程にまで近づいてきた男は、両手に抱えていた朱を私に差し出した。 ゆっくりと、ようやく私の身体が動き出す。けれど、顔を上げても莫迦みたいに男の顔を見つめるだけだった。 男はそんな私の行動に少しだけ苦笑して、そっとまた朱を差し出した。 差し出された朱を見て、もう一度男を見てからやっと私は男から差し出された朱を受け取った。 ぎゅっと零れ落ちないように抱いたら、朱が濃くなったような気がした。 朱から視線を外して男を見ると、悲しそうに笑んだ。 すっと近づく男の顔に、私は静かに目を閉じた。それからほんの少しだけ合わさった互いの唇。 男は私をぎゅっと優しく抱きしめて、その顔を肩に埋めた。互いの間にある朱がかさり、と音を立てた。 「・・・雷光?」 「・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・雷光」 返事の変わりに、雷光は少しだけ抱いている腕に力を入れたようで、少しだけ苦しかった。 その際にまた朱がかさり、と音を立てた。 「」 どの位そうしていただろう。小さな、けれど透った声で雷光はぽつり、と私の名を呼んだ。 返事をしてもまた黙りこんでしまったので、ゆっくりと何回も名前を呼んでみた。 数回目にまた雷光は私の名を呼んだ。 ざあっと吹いた風に乗って、朱い花弁がひらりと舞った。 私はさらに返事を返す。 「・・・、一つだけ約束をして欲しいことがある」 「ん、いいよ」 私がそう答えると、雷光は耳元に唇を寄せる。 それがくすぐったくて少しだけ身を捩るも、私の両腕は朱を抱いているし、何より雷光の腕でがっちりと固定されていてそれすら叶わなかった。 すっと瞼を降ろすと、抱き合っているせいか雷光の存在がすごく身近に感じられて、何だか何ともいえない不思議な気分になった。 目を閉じていても感じられる雷光の体温と存在に安堵する。ああ、この人はここに居る。 たっぷり時間をかけて、雷光は言う。 「私が死ぬような事があれば、この花を私の周りにたくさん散らしてくれないだろうか」 閉じていた目を見開いた。木霊する雷光の言葉。腕の中に咲き誇る朱。 私がその言葉の意味を理解出来たのは暫く時間が経ってからだった。心が、理解することを拒絶している。 けれど、この人がそれを望むのなら、私はその望みを叶えなければ。 だから私は自分の気持ちに蓋をして、何気ない表情を作って誤魔化すんだ。だって辛いのは、私だけじゃないもの。 「・・・分かったわ。うんとたくさん、朱で埋め尽くしてあげるから」 顔を上げた雷光は「すまない、・・・」と言って、私の頬に手を添えて、また悲しそうに微笑んだ。 私の返した笑い方も、きっと綺麗な笑みじゃなかったに違いない。 お互いがお互いに今にも泣き出しそうな顔をして、どちらともなくキスをした。さっきよりも長く、次第に深く、求めるように重なる唇。 何度それらを重ねても、愛おしさと切なさは募るばかりで、朱で満ちたこの世の理に唯々胸が痛かった。 |
(20080122)(祝アニメ化に肖りまして)(私も彼岸花だいすきです) |