望んだ未来にはなれなかったけれど貴方は最期まで預言に縛られずに生きたのね




貴方が好きだと言った
紺碧の海に貴方が好きだと言った唐紅の花を投げた。





そうあれは、ほんの少し前の貴方の残像。


「導師イオンが、亡くなったそうよ」


仕事がやっと一段落したばかりの休憩時間に、私はやっとの事で彼にその報告をした。イオン様が、彼と同じ導師のレプリカであるイオン様が死んだ、と。中々言い出せなかった。どうしてだろうか、今までこの口で同じ報告をしてきたというのに、声が、言葉が喉から出てこなかった。彼は教団の上質なソファに腰をかけて、私はその隣に腰かける。俯いているせいでその表情を読み取 ることは出来ない。やはり言わないほうが良かったか、と勝手な私見が頭を巡ったがそれも意味の無いことだと理解し、すぐに隅に追いやった。そうしていると彼が顔を上げ、泣くでもなく、笑うでもなく無表情でけれどとても小さな声で言うのだった。


「・・・・・そうか」

「うん。最後までご自分の仕事を全うなされたそうよ。立派な、最期だったって」

「・・・・・そうか」

「・・・・・・・前にも、言ったよね。泣きたいときには、泣いてもいいんだよって」


今にも震えだしそうな、(それは私のただの思い込みにしか過ぎないかもしれないけど、私にはそう見えた)私よりも大きな手を握って、なるべく優しく問うた。あの時から彼は少しづつだけれど、自分の弱さを見せてくれるようになった。刹那、彼は哀しそうに微笑んだ。


「アイツが死んでもどうでも良かったはずなのに、哀しいんだ。哀しいはずなのに、泣けない。おかしいんだ、もう、哀しくもないんだよ」

「・・・シンク」

「僕はアイツが嫌いだった。同じレプリカなのにアイツは必要とされ僕は、必要とされなかった。それは僕がアイツに劣っていたからだ。それが嫌だったんだよ、堪らなく、さ」

「・・・・・・」

「やっぱり死ぬんだな、レプリカでも。・・・そりゃあ当たり前の事だけどさ。死ぬってどんなことだか、未だによく分からないんだよ。今まで沢山の人間をこの手で殺めてきたのに、それでも死というものが、分からないんだ」


見て、いられなかったとかそんな、そんな事じゃなくて、私が見たくないだけだ。こんな彼を、見たくなかっただけ。私は彼を抱き締める。ありったけの力を込めて、強く。


「私だって・・・、私だって死ぬのがどういう事かなんて、分からない。だって死んでないんだから、分かるはずないじゃない。痛いのかなんてのも、分からない。死んだ人はもう2度と話すことが出来ないんだから」


抱き締めた腕はそのままで。


「イオン様が亡くなって、分かったでしょう、哀しみが。死んだってどうでもいい、自分には何も無いなんて思わないで。だから、お願いよ、死に急ぐことだけはしないで。それだけは約束して」

「・・・・・そんなマネ、するわけないさ。を独りになんてさせない。僕が死ぬ時はも一緒に死ぬ時だ。独りになんか、させないよ」

「約束だからね。死んだりしたら、承知しないから」


回された腕は温かかった。紡がれた言葉。本当の約束。彼はここに居る。私と彼は手を握り合って、顔を見合わせて微笑った。手を、握り合って。







掴んだ腕は冷たかった。その唇から紡がれることのない言葉。優しい嘘。彼はもう居ない。冷たくなった躯は私に微笑むことなんてなくて、無表情のまま、
青白かった。声を、聴くことなく。


私は墨色の服を着て、目的の場所まで歩く。石段を歩いているせいで靴音がコツコツと響く。海から吹き込む潮風が頬を撫でる。若緑に染まった木々が揺れる。そうして私は
真っ白な墓標の前で、止まる。


「・・・久し振り・・・ってわけでもないけど、久し振り。なんだか、しばらく逢ってない気がしたよ。それにしても、ここの景色はいつ見ても綺麗だね。今日は、晴れてるし風は穏やかだし、あったかいしで、至れり尽くせりだ」


花を1本、墓標に置く。
浅黄色をした花を1本。


「1つ報告。主席総長は負けたってさ。今私がこうしてここに居るんだから、本当の話だね。貴方はどう思うか分からないけど、私はこれで良かったと思うの。結果的に預言は無くなった。預言が無くなったって、私には元から関係のないことだったし。でも、総長が勝っていたら、今頃私はレプリカを創られて死んでいたと思うから」


花を1本、墓標に置く。
浅黄色をした花が2本。


「ねえ、シンク。独りってすごく辛いよ、哀しいよ、淋しいよ。私、あれから恐くて貴方の部屋に入れないの。だって・・・、だって、ね、貴方との思い出が、そこら中に溢れてて、貴方の温もり、が、染みこんでて、どうしようも、なくてね、立ち上がれなくなりそう、なの」


今だってほら、泣きつくしたはずなのに次から次へと止まることなく涙は溢れてくる。涙をぬぐってくれる人は、もうここには居ない。


「ほんと、弱すぎて嫌になる。シンクが居ないだけで、こんなに、駄目、になるなんて。シンクが居ないだけで、息、も吸えてるのかさえ、不安になっ、て、生きてるのか、死んでる、のかも分からなくて。独りにしないでって、約束、したじゃない・・・!独り、にしないって、約束してくれたじゃない!!!!!」


繋いでいた手も、もう灰色になり風に吹かれて消えた。
愛を囁いた口も、私を虜にした声も、意志の強い目も、すべて灰になって消えた。


「シンク・・・・・、シンク・・・、独りにしないでよ・・・シンク・・・シンク、シンク、シンク、シンクシンクシンクシンク!」


私はこんなにも弱い人間でした。彼の嫌いな弱い人間でした。失って初めて、気づく。
どれ程貴方が大事だったのか、どれ程貴方が私の大切な人だったか、好きだったか、愛していたか。私の、全てだったか。


「ずっと、一緒だと、思ってた。・・・・・ずっと、一緒だと、思ってたのに!どうして、どうして」


その時風が吹きぬけた。
白い彼の墓標に置いた2本の花が海に、堕ちた。涙もさらっていった。止まっていた時間が動き出す。


「・・・・・・・・・・怒られちゃった・・・ね。分かってる、分かってるよ、貴方がもうここではない、遠くに逝ってしまったことぐらい。ただ、認めたくなかっただけ。・・・・・認めてしまったら、貴方を忘れてしまいそうで恐かった。みんな、どんどん忘れてしまう。記憶が思い出になってしまう!それが、それが嫌だったの」


けれど、怒られてしまったね。いつまでぐちぐちしてるんだ、と。バカじゃないの?、と。


「例え他の誰かがシンクを忘れても、私は忘れない。心配、かけちゃったね」


海の見える丘に花束を抱えて、上がる。きらきらと、輝く。すべて、全てが。
深く呼吸をする。私の中で、彼は生き続けるから。シンクは死んだ。肉体も心も。それでも、それでも思い出は、記憶は私の中で生き続けるから。


「ありがとう、そして、さようなら」


貴方が好きだと言った紺碧の海に貴方が好きだと言った唐紅の花を投げた。
貴方が好きだと言った私の歌声にのせて、私から貴方に贈る最後のレクイエム。





(2度と感じることのない貴方の体温。冷たくなってしまったの。でも心配しないで、大丈夫、明日からは笑えるから)








≫善くも悪くも完結致しましたシンク夢ミニ連載。如何でしたでしょうか?
 シリアス全開でいきたかった為に少しばかり暗い話にもなってしまいました。もう少し様々な描写を加えてみたかったですが、文才のなさが目立ちます。有りがちセリフ集みたいにもなってる。
 これにて完結しました。死ネタということもあり、本当暗いですが、私的には満足してます。人間は失って初めて気が付くことのできる不器用な生物だ。と誰かが言っておりました。今のうちに、何かに気づいて欲しいですね。(20060327)


 貴方に出逢えてよかったと、そう思えることの、素敵さ