この時間さえも預言に標されているかもしれないと思い少しだけ恐怖した
彼女と出逢ってからというもの、何もかもが変わって見えたんだ。
ゆっくりと、重たい瞼を開けば春の暖かい光が溢れんばかりに窓から差し込んで照らしていた。それが眩しくて、左腕で目を覆い、光を遮った。
「あれ・・・・・?シンク、起きたの?」
光を遮っていた腕をゆっくり退けると、僕の様子を窺う彼女の姿があった。
いつもは後ろで1つに結い上げている綺麗な髪を下ろしていて、仕事のときとは180度違う彼女の表情に、安堵感と優越感の入り交じった感情が僕の中で渦巻いた。彼女に出逢うまでは知ることのなかったこの感情に、昔は途惑っていたが、今ではそれを受け入れるようになった。アイツ等はそれを笑うだろう。特にあの赤毛は、『何バカなこと抜かしてんだ』なんて言いそうだ。
目を覆っていた方と違う腕で彼女のその綺麗な髪を一束掴み、手で弄びながら「今起きたところだよ」と答えると、彼女は微笑み「おはようシンク」と返してくれた。それが堪らなく嬉しいなんて、だから可笑しいっていうんだ。・・・・・どうかしてる。
「ぐっすり眠れた?・・・・・・・最近は何かと忙しかったから、ゆっくり休む時間がここ数日はなかったから心配だったけど、今日は午後から休みになって本当よかったよね。忙しすぎてシンク倒れちゃうかもーって思ったぐらいだよ」
「そのくらいの事じゃ僕は倒れないよ。こそ、大変だったんじゃない?僕と同じぐらい働かされてた筈だろ?・・・・・・・今日はゆっくり寝たら?どうせ休みは当分ないんだろうしさ」
身体を起こして、彼女を隣に座らせる。2人分の重みに耐え切れず、ベットのスプリングが音をたてた。
「・・・・・・・・それもそうだけどさ、久し振りにシンクと一緒に過ごしたいって思って。寝ることぐらいいつだって出来るけど、シンクとゆっくり過ごす機会なんてそれこそしばらくはないだろうし」
少し俯いて頬を染めて話す彼女が可愛くて、笑ってしまった。
「わ、笑うことないじゃない!」
「だって仕方ないじゃん。が可愛いこと言うからさ、つい」
「つい、じゃない!意味の分からないこと言うの禁止!って、だから笑うな!!・・・あー、もう」
必死に否定するがまた可愛くて笑ったら、また怒るからその姿がすごく、愛おしくて、なんだかどうしようもなくなってしまった。自分が、分からないな。
「いい加減に慣れなよ。僕はに嘘はつかないよ、・・・・・・・・・何その疑ってる目。いくらこの僕でも流石に傷つくなぁ。は僕を信じてくれないわけか、ふーん・・・」
「そんなこと!」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・そんなことない。信じてない筈、ないよ」
彼女をからかうのは楽しい。だけど困るのは、彼女は僕の予想以上に、嬉しいことを言ってくれるから。僕の欲しい言葉を、言ってくれるから。
それだけで僕は、全てのありとあらゆる柵(しがらみ)から救われる気がする。やはり昔は、そんなことすら考えなかった。ただ僕は導師のレプリカで自らの存在意義など代わりでしかなく、それすらも幾らでも代わりのきく生産性のある代理品でしかすぎなかった。
周りには自分と全く同じ人間が存在し、そして消えていく。『出来損ない』だと蔑(さげす)まれながら、1人、また1人と僕と同じソイツ等は殺されていった。それは僕も例外ではなく。
ヴァンに感謝などしていない。どうせアイツも僕を利用しているだけにすぎないのだから。
そして僕は僕自身を縛りつける忌々しい名を捨て、この名を新しい自分の名とした。
仮面で素性を隠し、全てを遠ざけた。憎しみという憎しみをこの浮世に抱いて、それからはただ、我武者羅に強さだけを求めた。この世界を滅ぼせるぐらいの強さを、強さを、強さを。
「・・ンク・・・・シンク!」
「ああ、ぼーっとしてた。で、何?」
「シンク、すごく泣きそうな顔してたから」
「・・・・・・・・・・・・」
「辛いこと、思い出したの?・・・・・・・シンクはまだ、縛られてるんだね」
淋しそうに彼女は笑った。どうしてだよ、辛いのはじゃないだろ。どうして彼女が泣く必要があるんだよ。どうして・・・、それが嬉しいとか思ってるんだよ。おかしいだろ。
揺れる双眸に僕が映る。彼女の瞳に、僕が。
「」
呼びかけに応えようとして開けた彼女の口に、唇を押し当てた。
啄ばむような激しいキスを、何度も何度も今までの分を取り戻すように深く深く繰り返す。そこにある何かを求めるように。求めるように、角度を変え、何度も。
離れた唇。名残惜しい気がした。
「シンク、泣いてる」
「!! 何言って・・・・・・・」
最後まで言葉を言い終える前に、彼女に抱き締められた。水滴が頬をつたった。
「悲しい時には泣いてもいいんだよ。誰もシンクを責めたりしないから。無理しないでいいんだよ。大丈夫だから」
「無理なんて、してない。僕は泣かない。そんな行為をする筈がない」
「・・・・・・・・・・・・」
「そんな感情、とっくの昔に捨てたよ。僕が捨てられた時にね」
「・・・・・・・・・・シンクのバカ」
ぎゅっと、僕を抱く力が強まった。顔は僕の胸に押し当てたままだから、表情は分からないが声が震えている。
「そうやって、自虐的な考えしかできないのがシンクの悪い所だよ・・・。今はもう、誰もシンクを縛ってないじゃない。自分自身をシンクが縛ってるだけ。蓋をしてる」
「・・・・・・・・・・」
「泣くことは悪いことでも、格好悪いことでもない。それが生きてるってこと、感情があるってこと。シンクは、今シンクとして生きてるの。導師のレプリカとか、そんなの関係ない!シンクはシンクよ!!他の何者でもない、シンクなの!」
「・・・・・・」
「だから、強がらないで欲しい。辛いことがあったら言って。いつでも聞いてあげるから。いつでも相談に乗るから。お願いだから、私の前では、強がらないで。だって、私は、全部、そういうシンクのすべてが好きだから」
「っ、・・・・僕もだ。・・・・・・には本当、叶わないな」
お互いに笑い合って、またキスをする。今度は優しくて甘いキスを。どうしてこんな気持ちになるのか分かった気がした。どうしてこんなにもが好きなのか分かった気がした。
僕を、1人の『シンク』という人間で見てくれる彼女。それが僕には嬉しかったのかもしれない。
僕は、淋しかったのか。淋しかったのだろう。また、彼女に救われた。
明日があれば、それでいい。彼女が居れば、それでいい。
僕はそれだけで、生きていけるのだから。
(ほんと、どうかしてるよね、僕も、コイツも)
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