5月18日。
いーは珍しく(ここ重要)、大学に行ってしまった。
いつもなら何かしらすることがある私だけれど、生憎と読んでいた本は読み終わってしまったし、何かをする気力が湧いて来ない。


「かといって、いーの読む本なんて小難しいのばかりだし…」


本屋で小説を買ってもいいけれど、そうすると置くスペースもないし、邪魔になってしまう。
どうしたものか、と考えていると、部屋の隅に置いてあった週刊誌が目に入る。
そういえば、いーが殺人鬼についての記事が載っているからと買って読んでいたっけ。
ふと興味が湧いたので、週刊誌を手にとってぱらぱらと眺める。
見出しには、

≪今、京都を震撼させる殺人鬼!≫

と大きく書いてある。
週刊誌ってこういう書き方好きだよなぁ…と苦笑してしまう。

見開きのページに書き出された被害者の名前と、予想される殺人鬼像を見ながら、無意識の内に左手で首元を触っていたことに気づく。
今は少し大きな絆創膏のような物を貼っている。
自分じゃ手当てがしにくいから、いーに手当てをしてもらってるけど、毎回傷の理由を聞き出そうとするので困っている。
けど理由を聞かれても、人識に会ってナイフでちょっと切られました、なんてとてもじゃないけど言えないから、たまたま公園を横切ったら野良猫同士のケンカに巻き込まれた、という事で通している。

(まあ、毎回理由を聞いてくるところと、あの目からして、信じてないだろうけど…)

私が根負けして話してしまうのも時間の問題かな…。
ぱらぱらと、そのあとのページを捲っても面白そうな記事もないし、これ以上することも思いつかない。
このまま家の中に居ても、だらだらと時間を消費してしまうだけだ。
気晴らしの散歩探索で殺人鬼に遭遇してしまったことを思うと、外に行くのも躊躇われるけど、あんな奇跡みたいな出合い方なんてまたあるわけがない。
あんな遭遇あってたまるか!と自分に言い聞かせる。


「少しだけ遠出して…、あっそうだ。今日はあの人が尋ねてくる日じゃなかった…?」


それならば、すぐに家に帰るわけにもいかない。
んー、こうなったら、ウインドウショッピングでもしに行こう。
部屋着から着替えたりと軽く準備をし、机の上に置き手紙を残して部屋を後にした。











・・・











ショッピングモールからバスを乗り継いで、アパートに戻ってきた。
すこしだけ…すこしだけ!という暗示も虚しく、髪留めなどの小物やポーチ、洋服なんかを買い足してしまった。
今月はもう節約しなきゃ…。
とぼとぼとアパート近くまで来ると、一度見たら絶対に忘れないだろう、赤い赤い、真っ赤な高級車が停められていた。
すでに車から感じる威圧感に、どうにかなってしまいそうで、改めてすごいと思った。
そんなすごい人が、まだ私たちの部屋に居る。

彼女に会ってみたいとは思うけど、正直…こわい。
私の正体…というのかは分からないけど、違和感には気づかれてしまうと思う。
仮に見破られて、嘘を吐いて誤摩化したとしても、暴かれてしまうという予感がする。
戯言を遣う彼ですら、得意の言葉で完敗しているのに、私が言い逃れ出来るわけがない。

このままここで部屋から出てくるのを待つか、それとも近所を散歩して時間を潰すか悩んでいると、がちゃりと扉の開く音がした。
さっきまで、会うか会わないかで悩んでいたというのに、咄嗟に、隠れなきゃ、と思うそれは、きっと動物的な防衛本能に違いなかった。
けれど隠れるより先に、彼が優しく出迎えてしまう。


「あ、ちゃん帰ってきてたんだね。おかえり」

「た、ただいま」


彼の横に佇んでいる赤色に怯えるようなかたちになってしまったけど、なんとか返事をする。
どうかこのまま何事もなくお帰りになりますように…!
という願いを打ち砕くように、赤色の彼女は私を射止めた。
目を反らさないまま、盛大にヒールの音を響かせて、一歩また一歩と縮まっていく距離に、蛇に睨まれた蛙というのはこういう事をいうのだなと思った。


「このかわいこちゃんは誰だ? もしかしてー、いーたんのコレ?」

「違いますよ。さっき話したと思いますけど、この子が現在ぼくと同居しているちゃんです。
 で、ちゃん。こちらが人類最強の請負人、哀川潤さん」

「ふーん…置手紙の子か。お前も隅に置けないねぇ。まあ、いいや。か、よろしくな」

「こちらこそ、よろしくお願いします。…哀川さん」

「あたしの事は名前で呼べ。って、知ってて言ってんじゃねーよ」

「!!!」


どうして、私が知っていると、知ってるの? そんな、まさか、これほどの人だったなんて。
違和感を、指摘されるぐらいだと思っていた。
現にあの人識でさえ、感じる違和感に少し気づく程度だったのに…!
混乱する。このままじゃ、物語が私のせいで狂ってしまう。
…それは、それだけは、駄目!
私のせいだなんて、そんなこと。
ああもう!落ち着け! まだどこまで感づいているのか分からない、


「どーして知ってるか、わかんねー顔してっけど、なんせアタシは人類最強だからな。
 その首の傷といい、お前自身といい、すっげー気になる」

「ちょっと、哀川さん。さっきから一体何を言ってるんですか?
 それにちゃんもどうして」

「だからお前も名前で呼べって言ってんだろ。
 まあいい。ちょっとちゃん借りてくぜ。んじゃな」

「は? ちょっと、潤さん。理由ぐらい説明してくれたって」

「っ、離してください!」


潤さんは聞く耳持たずといった感じで、私の腕を掴んでスタスタと歩いていってしまう。
駄目だ。このまま連れて行かれたら、私は、この世界は、どうなっちゃうの…?
怖くなって、必死に叫んで、腕を振り解こうとしたら、


「ごめんな、ちょっと眠っててくれ」

「、え?」


ゴッという鈍い音がして、私の意識はそこで途絶えた。





     

(20050726)