第 弐拾漆 話







虫の鳴き声とサンダルのコツコツと地面を踏む音が響く。

歩いているうちにどうやら紙屋川の方まで来てしまったのかもしれない。と、すると、結構遠くまで来てしまった・・・。

足を止めて天を仰ぐ。点々と星が輝いている中に、ぽつん、とお月様がぎらぎらとここを照らし出している。たった独りでぎらぎら、と。


うだるような暑さに目を覚まして、寝付けないのを理由に散歩をし始めたのが、つい先程のこと

(だとは思うけど、実際のところ私は時計を付けていない訳だから何時間も経っているかもしれないし、まだ数分しか経っていないかもしれない)。

火照った身体を冷ます為にふらふらと歩き回って、気がついたらここに居た、というのも何だかおかしな話だけど無意識のままに

歩いていたらしく今は橋の上で天然のプラネタリウム観測中。





「天然のプラネタリウムって…、意味がおかしい気がする」





プラネタリウムは人工的なものじゃなかったっけ?私にインプットされている知識は当てにならない事が多いから。

橋に乗り腰をかける。浮いた足からサンダルが脱げそうになったので、そのまま重力にのせてサンダルを落とした。

熱を帯びていた素足に夜風が当たって気持ちよい。





「川の中に足、入れたい気分。………あー、でも滑りそうだなぁ」





滑って服を濡らすぐらいならまだ可愛いものかもしれないけど、滑ってそのまま流されていったら洒落にならん。

・・・私は桃太郎にはならない!(それこそ洒落にならん)


今後の予定を考える。今はヒトクイマジカルの真っ最中だ。現に先月にはサイコロジカル編だったし、

(もう兎吊木とかいう変態には2度と逢いたくない)(死んでも逢うものか!)今月は既に春日井さんと理澄ちゃんに逢っている。

・・・・・・・・・・・・ここまでは原作と全くと言っていい程同じに物語が進んでいる。それを変えていかなくてはいけない。





「うーん・・・、どうしたもんか」





作戦、といってもなあ、これといって思いつかないし。まだ時期的にも大丈夫だろう。

今のところの問題は、どうやって私も木賀峰教授の研究室に一緒に行くか、ということだけど、潤さんや、ましてやいーが

快く許してくれるなんて思わないし、フィアットも定員オーバーだ。問題は山積み、解決法もまだの状態・・・。





「・・・・・・・あれ?」





丁度橋の中腹から右に首を向けると、ゆらゆらと動く人影が見える。目は悪い方じゃないから見えないこともないけれど、

幾らお月様が照らしているとはいえ、夜では肉眼ではっきりと人物を特定することは出来ない。

揺れる人影は、徐々に、徐々に近づいてくる。距離で言うと数十メートルという、距離。

ゆっくりと、次第にはっきりとなる相貌。長い、黒髪を揺らして。





「・・・もしかして、理澄、ちゃん?こんな時間に何やってるの?」





私自身もこんな夜中に何をやってるんだ、という感じだがまあ、それはいいとして、

理澄ちゃんはいつものあの屈託のない笑顔を見せることなく、俯いたままだった。おかしい。

誰が声をかけても大きな声で挨拶を仕返してくれる筈だ、私の知っている理澄ちゃんなら、絶対に。

それじゃあ、これは私の知っている理澄ちゃんじゃない・・・?

いつものマントなどなく、そこには惜し気もなく両腕が曝け出されている。両腕が?





「なぁあああんで、いいいいぃいいっっつも僕ちゃんのことを間違えちゃうのかなああ

 ぁああぁあ?????!!!!!!」


「・・・え、?」





彼は言い終わるや否や、刹那、先程まで数十メートル離れていた身体が、私の真正面に、否、目の前にあった。

彼の顔は、私の、首筋、へ。

悪寒が全身を走った。

恐怖が全身を支配した。

今、何が起こっている・・・・・・?





「ぅあ゛っっ!!!!」





頭を打った衝撃で、徐々に思考がクリアになる。

動けない、この場から。

逸らせない、その瞳から。

掴まれている手首がじんじん痛む。背中には冷たいコンクリートの硬さが、今私が地面に押し倒されてる、

ということの証明になった。すぐ目の前には、顔が。





「い、出夢・・・・・く、ん・・?」


「あったりぃいいぃい!!!いつも理澄がお世話になってます、ってかぁあああ?!!

 あっは、僕ってば世界でいっちばん妹想いのお兄ちゃん、じゃねえの?!!!

 ぎゃはっ、ぎゃははははははははははは!!!!!!!」





彼は哄笑する。哄笑。鼓膜が破れるぐらいの声量で、響き渡る、声、声声声。





「で、お姉さんはどうしてこんなとこにいんのぉぉお?

 まさか僕に逢いたかったから、なぁああああぁぁあんて事はまっさかないよねえ?どーなのかな、ぎゃはっ!」


「何で、私のこと・・・知って」


「なーに分かりきった事訊いちゃってんのぉおお?お姉さん。理澄だよ、理澄。あいつ・・・・・、

 この場合はこいつ、なのかなあぁあ?まあ、いっか。で、理澄ちゃんからいっぱいいーっぱい聞いてんの。

 だからお姉さんを知らない訳ないじゃんよー!!!!!!つーかあぁああぁ、僕の質問に答えてくんないかなぁああぁあ?」


「ひっ、・・・・・・・・し、質問・・・?痛っ」





出夢くんは「そ、どーしてこんな所にこんな夜中に居るのかっていう僕ちゃんの質問、だよぉおおぉ!!!!」と、

ぺろり、と通常の人より幾分か長い舌で私の首筋を舐めた。

舐められた箇所に鋭い痛みが走る。その時初めて自分はこの人物に首筋を切られた、という事が分かった。その鋭く光る八重歯で。





「・・・・・・寝苦しかったから、散歩してただけ。そういう出夢くんは、どうして、こんなところに?」





私の質問に出夢くんは、何回もされた質問に答えるように(そう、それは愚問でしかないとでも言うような)心底だるそうに答えた。





「『私は殺し屋依頼人は秩序!十四の十字を身に纏い、これより使命を実行する!』

 ≪人喰い≫(マンイーター) の出夢、とでも言えば、もう分かるんじゃないのかな・・・?」


「・・・・・・・・」


「お姉さんなら知ってる筈だと思うんだけどなあ?≪匂宮≫と聞いたら、まずはピン、とくるんじゃない?

 間違いなくお姉さんは知ってる筈だ。お姉さんの持ってる 気 がそう言ってる。

 こっちの世界の人間じゃないにしろ、こっちの事を十二分に知ってる、って感じだなあ」


「質問に、答えて欲しいのだけれど」





一瞬、目を見開いて驚いた顔を見せたかと思うと、次には既に笑みが浮かんでいた。口の両端を、吊り上げて。

にたり、とでも効果音が付いてしまいそうなぐらいに。





「ぎゃはははははっ!!!!おっもしろいねえ、お姉さん!気に入ったよ」


「えっと、どういたしまして?」


「ぎゃはは!で、そうだった、質問には答えないとねえ、駄目な大人になっちゃうからなー。

 そんなの僕ちゃんは嫌だからねえ。『一日一時間』とでも言えばいいのやら」


「あー、分かった。うん、なるほど納得。ふーん、そう」





別に気にしている訳ではないけれど、自然と視線が未だに私の両手首を押さえつけている出夢くんの手にいった。

別に、気にしてなんかいないけど、嫌なわけでもないけれど、言葉で表すならばそう、不思議な気分だった。

私を押さえているその手で、人を殺めてきた、という事実。

それが、私には不思議だった。こうして会話をしている事さえも、逢った事も、だけど。

出夢くんは私の視線に気がついたのか、「ああ」と短く頷いた。





「お姉さんの事は殺さないさ。ついさっき殺戮ってきたばっかだし、時間はもうタイムオーバーってやつだしね。

 さっきも言ったけど、僕、お姉さんのこと気に入っちゃった訳だしぃいぃいい??それに・・・」


「・・・・・・それに?何?」


「うん?・・・・・理澄がさ、お姉さんのこと大好きだからさ。

 アニキとしてもそこは、妹の為に守ってやらないとー・・・なーんてねん」


「・・・・・・・・」


「だから理澄とたくさんたぁあああっくさん、遊んでやってくれよ」





出夢くんのお兄さんな部分を垣間見た感じだった。

理澄の話をする時の出夢くんは、とても、優しそうな、愛おしそうな表情をしていたから。私は「うん」と頷いた。





「で、出夢くん、いい加減に私の上から退いてくれないかな?手首が痛くてちょっと泣きそうなぐらいだよ」


「ううん???これはこれでいい感じのアングルなんだけどなぁあああ?

 だって僕、お姉さんの事押し倒してる訳だしぃいいぃ??痛い、わかったよ、ぎゃはは、お姉さんかーわいー!!!!」


「うっさい!!!!」





その後散々からかわれたりされたけど、何とか離してもらえた(このテンション疲れる)。

全く、匂宮兄妹には疲れている時には逢わないようにしよう、と心に誓った。このテンションが続けられること自体、

賞賛に値する、と私は思う(でも匂宮ではこれが普通の通常のテンションなのかもしれない・・・。恐るべし、匂宮・・・!)。


数メートル離れた出夢くんの背中に声をかける。





「ねえ、出夢くん。約束して欲しいことがあるんだけど」


「・・・・・・内容にもよるね。ま、お姉さんの頼みだから何だってしちゃうけど」





出夢くんの茶化しも無視してお願いした。まずは第一歩。















*















火照った身体は十分に冷めて、やっとアパートに戻ってきたと思ったら、あれからかなり時間が経っていたらしく

逆に目が覚えて眠れなくなってしまった。あそこで出夢に逢ったのがまず誤算だとも思うけど。

この間貰ってきた麦茶をコップについで一気に飲み干す。からからに乾いていた咽喉が潤った。そうしてまた布団に横になった。

首筋に手を当てると、血は既に固まったらしく、触っても手が濡れる感触はなかった。

・・・何だかよく首を怪我するなあ、などと思考しているうちに、意外にもまた眠くなってきた。

そのまま逆らわずに瞼を降ろして意識を深い底へと沈めていく。そうして私は夢の世界へ溺れていった。











       




≫久し振りの更新です。約2,3ヶ月振りでしょうか?停滞してしまってすみませんでした。
 何だか本当忙しくてそれプラス、微妙なスランプに突入してしまって・・・。
 でもまた書くことが出来ましたので、これからはどんどん更新していって、早いとこ狐さんを登場させたいです!!
 狐さん、待ってろ!(何)
 て、名前変換ねぇ!!!!!!(今更気付いた)申し訳ないっス。
 表現の仕方が微妙に変わってるので、そこら辺の感想などを拍手で送ってくださると嬉しいです。
 次は・・・、木賀峰教授?か?(20060502)