第 参拾肆 話
目の前の現実が受け止められないとか、そういうものじゃなくて、この世界がどっちなのか、
分からなくなってしまいそうだった。脳が理解するのを拒んでいるようだ。
そう、だから私は蒼色をただただ感じるだけだった。蒼が恐ろしく見えるほどに。
しばらくそのままの状態が続いたけれど、まだ私の脳味噌は理解できていなかったみたいだった。
自然と口から漏れていた言葉は拒絶の言葉ばかりだった。
そんな私に友は少し怒ったように言う。
「僕様ちゃんが嘘つかないの、ちゃんだって知ってるはずでしょ?」
「・・・・・・し、知ってる。けど・・・けど!」
顔を上げて見ると、友の表情は諦めのそれだった。落胆した、失望したようなそんな、それだった。
ソプラノボイスは歌うように真実を私に説く。子供に教えるように優しく。
「ねえ、ちゃん。夢だと思いたいの?現実逃避をしたいの?懺悔をしたいの?後悔したいの?
泣きたいの?信じたくないの?嘘だと思いたいの?憎みたいの?悲しいの?楽しいの?笑い飛ばしたいの?
生きたいの?死にたいの?怒りたいの?戻りたいの?罰を受けたいの?神を殺したいの?
ねえ。ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、
ちゃんは何がしたいの?
何が望みなの?何が真実だか解らないの?
それなら僕様ちゃんが言っていることが、唯一無二の真実だよ」
ああ、解っている。結局、私はまた何も出来ずに終わったという事を。
ただ受け入れたくなくて、子供のように我侭に、駄駄をこねて拒絶しているだけで。
本当は、理解っているんだ。みんなが、死んでしまったことぐらい。
私のせいで死んでしまったことぐらい。
涙も、出ないなんて。泣けも、しないなんて。なんて非情な人間だ。
「わかってる、わかってるよ友。
友が嘘を吐かないことぐらい。友が真実を教えてくれたことぐらい。みんなが、死んじゃったことぐらい。
でも、受け入れたくなかっただけだから。もう、だいじょぶだから」
「そうだよ。人がたった4人死んだだけだもん、全然大したことないよ。
いーちゃんの周りではたっくさんいーちゃんのせいで死んでるんだもん、ちゃんもへーきへーき!」
身体を離して、万遍の笑みを私に向ける。
そう、たった4人が死んだだけだ。何千万の人が死んだわけじゃない。たった、4人だけ。
「うにに、そういえばこれから僕様ちゃんは寝る予定なんだよね、これが。
のでので、ちゃんは好きなことしてていーよん。明日になれば、いーちゃんも帰ってくると思うしー。
テレビならリビングにあるから勝手に見てて」
「うん、わかった。ありがとう、使わせてもらうね。それじゃあ友、おやすみ」
「おやすみなんだよ!」
ベッドを友に譲って(もともと友のなんだから、この表現もどうかと思うけれど)、寝室を出た。
でも足はリビングには向かわなかった。そのまま、玄関まで。
私はここに居るべきではない、と、そう感じた。ここに居ていいはずがない、と、漠然とそう感じた。
そのまま靴を履いてエレベーターまで向かっていく。
「友・・・・・・、ごめん。ありがとう」
別れとも取れる言葉を呟いて、私はエレベーターに乗り込んだ。
*
玖渚友の寝室にて、蒼色の髪の彼女は、その真っ白いベッドの上に座っていた。
何をするわけでもなく、ただそこに、座っていた。時間だけが、動いている。
彼女の表情は、笑顔だった。こんな事になっても、最初からわかっていたかのように戸惑いも焦りも
微塵も感じさせず、笑顔だった。
彼女が作り出した沈黙を、彼女自身が破る。
「あーあ。いーちゃんも、ちゃんも、みんな僕様ちゃんから離れていくんだね。
いーちゃんは変わらないって、信じてるのに。ちゃんは置いていかないって、信じてるのに。
結局は、こうなっちゃうんだね」
独り言を呟いた彼女の表情は、ブルーだった。
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≫お久し振りで本当に申し訳ありません。何回切腹すれば許されますでしょうか(ばかやめて)。
玖渚はちょっと非情な所があるような気が私はするのですよ、何となくですけど。
そんな感じのを出してみたりして。止まったままの彼女。(20060921)