第 参拾陸 話
「いや、あの、ほんと、えーと、ごめんなさい!」
そう言って私は、全身全霊で目の前にいる青年に土下座をした。額を床に打ち付ける勢いで。
目の前の青年は、その態度に苦笑するばかりだった(当たり前か)。
「、僕はこれっぽっちも迷惑には思ってません。だからそんなに謝ることはないですよ」
「たとえ萌太が迷惑に思ってなくても、私が迷惑かけたと思ってるの!
ほんとに、ほんとにごめんなさい!!!もう私、切腹するから!本当にごめんなさい!」
「切腹なんて大袈裟な。・・・・・・でも」
「・・・でも?」
「の泣いた顔も可愛かったですよ」
「穴があったら入りたいー!!!!!忘れて!お願いだから忘れて!」
あの後、私は泣きつかれて寝てしまったらしく、起きたのはお昼過ぎだった。
いくらなんでも寝すぎだと思う。と、いうか泣き顔を萌太に見られたことが恥ずかしくて堪らない。
こんな泣き腫らした顔など、どの女性も異性には見せたくはないはずだ。
少なくとも私の場合は、切腹する理由に十分に値すると思っている。公衆の面前で盛大に転ぶぐらい(か、それ以上)に恥ずかしい。
それをこんな稀に見るほどの美少年に見られたとなると、これは生きていけないとすら思ってしまうほどの大打撃だ。
恥ずかしいことこの上ない。穴があったら入りたい。
先ほどからその言葉が、頭の中を行き交っている。立ち直れる気がしない。
「、これで冷やせば少しは腫れが引くと思いますよ」
そう言って、萌太は私に濡れたタオルを手渡してくれた。
萌太の優しい行為に私は礼を言い、言われたとおり瞼を冷やした。少し、熱が引いた気がする。
目を開けたとき、視界は深緑色を捉えていた。それとは別に、嗅覚は煙草の匂いを。
不思議に思って顔を上げると、彼と目が合った。私はまだ意識が覚醒しきっていなかった。だから、状況が把握できないでいた。
彼は笑っていた。そうして私に「おはようございます」と言ったのだった。
(さっきは動揺して謝りに入ったから気がつかなかったけど、私、ずっと萌太に抱きしめられてた・・・?)
一気に顔に熱がいくのが自分でも分かった。さっきと比べ物にならないぐらいに恥ずかしくて仕方がない。
萌太はそんなこと気にしてはいないだろうが、私としては一大事に他ならない。
(うう、これからどういう顔して接すればいいのよ!)
なんだかもう泣きたくなった。
しょぼんとうな垂れている私を尻目に、「ああ、そうでした」と萌太は言った。
「僕としたことがすっかり忘れていました」
両瞼を冷やしているから姿は見えないので、声のした方向に顔を向ける。
「いー兄が、ついさっき入院しました」
思わず息を呑む。けれど次第にその言葉が頭に浸透していくにつれて、もうそんな場面まで、と妙に納得してしまった。
そんな私の反応を萌太は意外に思ったようだけれど、「今は昏睡状態で、面会謝絶らしいですけどね」と補足した。
と、いうことは、狐面の男に宣戦布告されたし、出夢との戦闘も終わってしまったわけだ。
・・・・・・・・・結局のところ私は、また何も出来なかったのだ。
何かをしようと決意しても、何も出来ずに終わってしまった。ああ、何て不甲斐ない。こんな自分が嫌になった。
・・・・・・・・・何も、出来なかったなんて。
しばらく沈黙が続いた。重苦しい空気。気まずい。何か、しゃべらないと・・・。
しゃべろうと口を開いたとき、先に萌太が言葉を紡いだ。
「いー兄は今、入院していてしかも、重体だ。、それは分かりますね?」
「え、うん。分かるけど・・・」
どうしたんだろう?いきなりかしこまっちゃって・・・。
変なものでも食べたのだろうか、という考えが頭をよぎったが、萌太はそんな食いしん坊キャラじゃないことを
思い出した。それはまた別のキャラだろう。友とか、さ。(私はそんなキャラじゃない・・・と思う)
「僕はまどろこしい事は嫌いです。単刀直入に訊きます。
しばらくの間、僕の部屋に来ませんか?」
「・・・・・・え?」
今日は混乱してばかりだ。脳味噌が追いつけていない。何も、追いつけていない。間抜け面をしていることは確かだ。
それは・・・、どういうことだろう。
確かに、いーが入院していて重体なのは理解している。それは知っていたことだから、今更記憶する必要はない。
思い出せばいいだけの話だ。
けれど、萌太は・・・私に何て言ったのだろうか?何を・・・?
「えっと・・・、ちょっと待って・・・。萌太、何て?」
萌太はそんな私に「しばらく僕の部屋に来ませんか、と言いました」とゆっくりと言った。
萌太の・・・、部屋に・・・・・・・?
驚きのあまり、瞼を押さえていたタオルと落としてしまった。けど、今はそんなことなどどうでもいい。
「だ、駄目だよ・・・!だって、崩子も居るんだよ?それに萌太だってバイトとか色々と大変なのに!!!
それなのに、私なんかが一緒に住んだら萌太の負担になっちゃうよ!!!」
これ以上、彼に負担を、迷惑をかけるわけにはいかない。
私の必死の訴えにも彼は、綺麗に笑った。
「負担だなんて思ってません。第一、負担だと思っているなら最初から僕はこんなことを言ったりしませんよ」
「そりゃあ、・・・そうだけど」
「それにですね、」
「・・・何?」
萌太が近づいて、少し離れていた2人の距離が縮んでいく。
そして萌太の綺麗な手が、自分の瞼を覆った。世界は少し暗くなり、綺麗な手しか見えなくなった。
思わず、身構える。ただ、その手がとても温かかった。
「僕はの泣いている顔なんて、見たくないんですよ」
言われている側から、泣いてしまいそうだった。だけど、萌太の手がそれを許さなかった。
これは、萌太なりの優しさだと思う。
私はきっと、あの子の居ない寂しさに負けてしまうだろうから。
私はきっと、あの人の居ない寂しさに負けてしまうだろうから。
私はきっと、誰も居ない夜の寂しさに負けてしまうだろうから。
それをさせないように、萌太はこういうことで私を救おうとしてくれた。
萌太のおかげでしばらくは、泣かないですみそうだ。
「・・・・・・・・・でも、本当にいいの?」
それでも、迷惑はかけてしまう。彼のこの優しさに甘えて、迷惑をかけてしまう。
再度確認をしてみた。私は、萌太の負担になってしまう、と。
彼は私の瞼を覆っていた手を離して、今度は私の両手を握った。なんて、大きくて、温かい、て。
「もちろん。何のために僕がさっきから言っていると思っているんですか。
いいから、言っているんです。来て欲しいから僕は、お願いしているんですよ」
彼は変わらない、見惚れるほどの微笑を浮かべた。
私の心も、もう決まっていた。
「・・・それじゃあ、お言葉に甘えて。これからよろしくお願いします」
「いえいえ、こちらこそ、これからもよろしくお願いします」
そういって、お互いに顔を見合わせて笑った。
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≫更新かなりの間停滞していました本当に本当に本当にすみませんでした。
まさかこんなに停滞していたとは知りもしませんでした。これからはせめて1ヶ月に1回は更新するようにします。
駄目な管理人で本当に、申し訳ないです。
これ完全に完璧に完膚なきまでに、萌太夢ですよね!(激笑顔/やめろ)
おかしいな、こんな風になるはずじゃなかったのに・・・。萌太贔屓炸裂ですね。
一応、いーが退院するまでは家出兄妹の部屋に住みます。あれ、これでヒトクイ終わりな感じ・・・?
あれ、これまた予想外です(死)。いや、でもまだ続きます。いーのお見舞いとかあるし、ね。(20070107)
文章一部修正(20070226)