第 参拾漆 話







どうやら、意識不明の重体だった(重体なのは現在進行形だったりするけど)いーが、目を覚ましたらしい。

と、いうことでめでたく?面会謝絶もなくなった。

この3日間は気が気じゃなかった私にとって、それは安心する知らせだった。

勿論、私はこの物語を知っているからそんなに心配することもないんだろうけど、どうしても『もしも』の事態を考えてしまう。

私がこの世界に来たせいで物語が変わってしまったという仮説も、少なからずあったからだ。


でも、どうやらそれは杞憂らしい。


これから崩子と一緒にいーのお見舞いに行くイベントが発生したから、ちゃんと物語通り進んでいる。

それにも私は、安心した。変わってしまったらと思うと・・・怖かったから。







「いつまでボーっとしてるんですか?早く戯言遣いのお兄ちゃんの病院に行きましょう」


「わ、ごめん崩子!あとちょっとだけ待ってて」







そして、萌太との恥ずかしい一件からも3日経っていた。

あれは私の今まで生きてきた人生の中で、1番恥ずかしい出来事だった(2番目は人識か?)(全部この世界に来てからだ・・・)。

しばらくは恥ずかしくて萌太の顔を直視など出来るはずもなかったけど、人間の適応力の凄さを思い知りました。

お世話になっている身ですし、慣れない訳にもいかなかった(あの笑顔の恐ろしさには慣れないけど)。







「お待たせしました!戸締りもバッチリしてきたから、よし、行こう!」


「萌太も鍵は持ってるんで閉めてしまっても大丈夫でしょう。

 まあ、萌太がわたし達よりも早くうちに帰ってくるなんてことは、まず無いとは思いますけれど」


「今日もバイトって言ってたからね。ま、開いてなくても萌太なら何とかするでしょ」


の言うとおりですね」







ちょっとばかり侮辱した(というか何というか)会話をしつつ、バスに乗って病院に向かう(交通費は私、というかいー持ち)。


私がしばらく萌太と崩子の部屋で暮らすと崩子に言った時、やはりどこかで不安だった。

ああ見えて仲の良い兄妹。

お金がなくて萌太がバイトをして稼いでいるというのに、私が一緒に生活したらと思うと、

萌太に言われていてもやっぱり不安だったのが本当だ。


でも、崩子は迎えてくれたのだ。私を。

それがとても、嬉しかった。とても、温かかった。







「・・・。ちょっと相談があります」


「うん?私に答えられることなら何なりと」


「持っていく果物は、何がいいと思いますか?」







あまり顔には出てないけれど、ちょっとばかり頬が赤い気がする。

はっはーん、お姉さんは分かってしまいましたよ!伊達に女の子歴は長くありませんよ!


いーの好きな果物なんて、結構あいつは何でも食べるからそんなに気を遣わないでもいいんだけどな。

ま、物語通り、林檎は入れなくては(結局は崩子が自分で食べてしまうのだけど)。

でも、今日の手持ち金は少なめだし、お昼も込みこみだから・・・・・・・・林檎だけでいっか。







「林檎とか好きだったような気がするし、病人っていったら林檎は譲れないから、林檎でいいんじゃない?」


「・・・林檎ですか。分かりました、の言うように林檎にします。

 ちょうどわたしも食べたかったことですし」


「あー、それじゃあ私も貰って食べようかなあ・・・。最近は西瓜ばっかだったし」


「そうですね。流石に西瓜も飽きました」







そうして2人で笑いあっているうちに、バスは目的の病院に着いた。

金額をきちんと払って、運転手さんに礼を言い、いーの居る病室へ向かった。

途中でナースセンター辺りにらぶみさんでも居るかなーと期待したけど、残念ながらそれは期待で終わってしまった。

ちぇっ。ま、どうせいーの病室に居る限り、らぶみさんには嫌でも会えるんだけど。

病室に行く途中に、忘れずに林檎を2個ほど購入した。勿論これもいー持ちで(これじゃいーが損をしているけど)。







「ねえ、崩子。これって今言うセリフじゃないんだろうけどさ」







立ち止まって崩子を見ると、少し後ろに立ち止まって、意味が分からないとでも言うように小首を傾げている。

いきなりあんな脈絡のないことを言われると、そりゃ誰だって困るけど。でも。

でも、私は何だか今ここで言わなきゃいけないような気がしたから。







「ありがとう。んでもって、これからもよろしくね」







これから、どんどん加速していく。色んなものが、色んなふうに。形も何も残らないで終わりへと加速する。

それはもう、止まらない。どんなに誰がどう頑張ったところで、加速していくそれらは、止まらない。

それらは初めから、止めることを知らない。止まることを知らない。

ただ、加速するだけ。

終わりへ終焉へ向けて、どこまでも、いつまでも、絶えることなく、ずっと。







「・・・・・・・・・・・・」


「・・・改めてって感じかな。深い意味はないから、そんなに気にしないで欲しいな」







みんな、かなしいおもいをする。

けど、忘れたくなんかないんだよ。そんな思い出も、全部、全部。







「・・・って、やっぱり不思議な人ですね」


「そうかな?私は普通だと思ってるけど。つか、私だけは普通だと信じてるけど」


「わたしの方こそ、ありがとうございます。そして、よろしくお願いします。はいつまでも、そのままで」


「・・・・・・ありがとう」







お互い微笑んで、いーの病室まで行った。

私が元居た世界へ帰る時までは、この子の、あの子の、あの子の、あの人の、あの人の、笑顔を忘れさせないでください。


そうしてまた、一つの物語が幕を閉じようとしている。




いーの病室に入って、いーの顔を見たら、何だかほっとして、涙が止まらなくなって、

いきなり泣き出した私を見て、おろおろしているいーが居て、同じように少し取り乱している崩子が居る。

それはこの後の、ちょっとした裏話。











        




≫ギリギリ1ヶ月に1回な更新。ほんと、亀更新で申し訳ないです。
 前回は萌太にいい所を持っていかれたので、今回は崩子に持っていってもらいました。
 あー、喋らせにくいというか何と言うか・・・。いや、崩子は好きですが、それとこれとは話がね。

 これにてヒトクイ編がやっとこさ終了になりました!
 やっと、やっと狐が活躍する時がやってきました!思いっきりはしゃごうと思います。(20070226)