第 参拾捌 話
9月の中旬になったというのに、未だに京都は暑くて仕方がなかった。
それでも真夏の暑さに比べればいくらか涼しくはなった方だけど、やっぱりまだまだ暑い。
盆地のせいか、逆に夜は急激に冷えるのが困りものだけど・・・。
こちらの世界に来てから数ヶ月経った今でも、驚かされることは多かった。
「。そろそろ行こうと思うのだが、いいか?」
ノック音の後に聞こえた声に、「ちょっと待っててください」と返事を返し、
干していた洗濯物を取り込む作業を急いで終わらせて、あらかじめ用意しておいた鞄を持って玄関のドアを開けた。
外で待っていたみいこさんと崩子に挨拶をして、フィアットの助手席に乗り込んだ。
今日は9月16日の金曜日。
これからみいこさんと崩子と一緒に、いーのお見舞いに行くところである。
あれほど熟読していた『戯言シリーズ』だけど、数ヶ月の間読んでないから流石の私も日にちまでは覚えていなかった。
けど、この2人が揃ってお見舞いに行くということは、あの人達がやってくるということだ。
正直な話、私にあの人を止められるかどうかは分からない。
一応は作戦みたいなのは考えてはいるけど、果たしてそれがきちんと成功するのか?
失敗する確率の方が・・・高いと思う。
私は何の武器も持っていないけど、相手は人を殺せる手段を持っている。
もしかしたら・・・・・・・・・殺されるかもしれない。
それでも、それでも何もやらないよりはマシだ。
何もやらずに誰かが死ぬぐらいなら、何かをやって私が死んだ方がずっといい。
「は、見舞いに行くのは何回目ぐらいになるのか?」
信号が赤に変わったところで、みいこさんは口を開いた。
いかん、考え事をしていたせいで知らず知らずのうちに無言になっていたようだった。(あ、信号変わった)
崩子はというと、後ろの座席に丸くなって寝ている。
どうやら崩子は乗り物に乗ると眠ってしまうらしかった。思えば小説にそのような事が書いてあったような気がする。
「うーん、そうですねえ・・・。私は何だかんだでたくさん行ってますね。
いーに頼まれたものとか持っていったり、生活用品の補充とかもしてるので。崩子もよく行っているようですよ」
崩子はいつも、足を運ぶ程度にと言っているけど、本当はいつもお見舞い品を欠かさずに持って行っているのを私は知っている。
恋する乙女はどんな時も気合十分なのである。その様子がすっごく微笑ましくて可愛いらしいのである。
照れ隠ししてる崩子かわいいな〜、など内心思っていると(変態じゃないよ)、みいこさんはただ「ふーん」とだけ相槌を返した。
横からみいこさんの顔を隠し見ても、私ではその表情は窺い知ることはできなかった。
今まで色々ごたごたしてたけど、そういえばちゃっかり(という言い方もどうかと思うけど)
いーはみいこさんに告白していたんだっけ。
まあ、結果としてはフられてしまうわけだけど、それはやはり必然だったのだろうか?
こうなる事は初めから決まっていた。
それは、これから遭うだろう、最悪である男の最大の自論の内の1つ。バックノズル。
――――――――― 運命に、流していただいている。
「人を、好きになるってのはどういうことだと思う?少し・・・、困っているんだ」
またも赤信号でみいこさんは問いかけてきた(みいこさんは絶対に走行中は話しかけない)。
・・・・・・やっぱり困ってたんだ。
そりゃあ、困るよね。いきなりよくしていた隣人から告白されたんだもん、みいこさんも困りますよね。そうだよね。
って、ここで変なこと言っちゃうと、もしかしてこれからの物語変わっちゃうかもしれない?!!
いやいやいや!!!それは困りますわよ!!!(あれ、口調がおかしく、あれ?)(おおお落ち着かなくては!)
私の返答次第では、いーがフられないかもしれなくなってしまうのか?
それはいーにとっては良い事だとは思うけど、それって物語的にはやっぱり駄目だよね・・・?
何だこの重大責任は!わわわ、聞いてないぞ!!(言われてもいないけどな!)あー、うー、どうしよ!脳内パニーック!
しばらく考えたあとに、「私の考えではありますが」と心の中でいーに謝りつつ切り出す。
「人を好きになるのって、最初はほんの少しのきっかけだと思うんです。その些細なきっかけから、どんどん好きになっていく。
その人の好きな所を見つけた。その人のことを目で追ってる自分に気付いた。無意識にその人を想っていた。
そして気付くんです。ああ、私はこの人が好きなんだって」
「・・・・・・・・・」
「理屈じゃ、ないと思います。気付いた時には、好きになってた、きっとただそれだけの理由なんですよ。
だから、傷つけたくなくて無理やり好きになろうって思っても、結局は駄目になっちゃうと思います」
見慣れた景色がゆるやかに通り過ぎて行く。あともう少しでいーの入院している病院に着くはずだ。
崩子はすやすやと眠っているけれど、きっと、崩子も複雑な心境のはずだ。
それに、なんか偉そうなこと言ってるけど、ぶっちゃけた話、私だってよく分かってない。
それは私の経験値不足でもあるんだろうけど、だけど、だけどやっぱり理屈じゃないって思うんだ。
「みいこさんの思う通りでいいと思います。みいこさんが出した答えなら、きっとあの人も納得すると思いますよ。
だから、みいこさんは自分の心に嘘を吐かないでください」
「・・・・・・そうか」
そう言ってみいこさんは何ともいえない微笑を浮かべて、ありがとうと礼を言った。
*
病院のナースステーションにはすでにらぶみさんが居た。
頻繁に病院に出入りしているだけあって、らぶみさんとはすでに顔見知りになっていた。仲良しさんになっていた。
「あ、はっろーん!じゃないの!会いたかったぞーん!」「はっろーん!らぶみさんお久し振りー!私も会いたかったよーう!」
などという恒例になってしまった挨拶を交わして、いつも通りに世間話開始。
崩子はどうやらすでにいーの病室へと向かってしまったようだった。
ありゃ、いつの間にかみいこさんターゲットにされてるし。らぶみさん、みいこさんを見るの初めてだから面白がっちゃってるよ。
あのテンションに付いていけるのは、(テンションだけなら)私の他には匂宮兄妹ぐらいしかいないだろう。
出夢と理澄とらぶみさんの3人でハイテンション会話をしている光景を想像したら、それだけで疲れた(うるさすぎる)。
「あ」
思わず声が漏れた。心臓がやけにうるさく聞こえるのは、周りの音が聞こえないからだろうか。
なるべく、冷静に、いつも通りに振舞えるように静かに深呼吸を繰り返して、みいこさんにそっと近づき耳打ちする。
「みいこさん、あの看護婦さんは私に任せていーの病室に行ってください。ほら、今のうちですよ!」
「応。すまんな、先に行くぞ」
「遅くなるかもしれませんが、心配しないでくださいね」
みいこさんは頷いて、一目散にその場から立ち去っていった。
それを見ていたらぶみさんは「ちょっとなにすんのよ!まだ調査中だったのよ!アホ!」と言いやがりました(何の調査だよ)。
「うっさいわ阿呆!」「なんじゃいゴラァ!」と言い合いしながらも、何とからぶみさんを退散させることに成功した。
言っておくと、さっきのは遊びの延長みたいな感じ(悪ふざけ)でマジ喧嘩ではない(マジ喧嘩したら確実に負けるよ私は・・・)。
そして、迷惑になるかもしれないと思い、ナースステーションから少し離れた場所に移動した。
立ち止まった所で、1つの足音が背後から近づいてくるのが分かった。
心臓がうるさい。決心しろ。
足音が脇を通る。
この機会を逃したらもう2度とチャンスは巡ってこない。覚悟を、決めろ。
足音が通り過ぎた。
がしっと、通り過ぎようとした腕を両腕で抱きしめるように掴んで必死にそいつを引き止める。
「これ以上先には行かせない!!!」
男はひどく驚いた顔をして私を見ている。何を言っているのか理解できないというような表情で。
けれど私にはこいつが理解していようがしていまいが関係ない。
私はただ、こいつがいーの病室に行かないように何としてでも止めるだけ。例え私がこの場で死んでしまっても、だ。
「引き返してください!早く、帰って!!!」
「い、意味わかんねーよ!!!何がどーなってんだよ!お前誰だよ!」
「私が誰かなど知らなくて結構です!早くこの場所から消え」
「おい、頼知。こいつは俺に任せてお前はさっさと病室に行け」
奇野頼知を掴んでいた腕をいとも簡単に外すやけに白い手。一瞬にして戦慄する。
口からは空気と共に漏れる声。震える身体。白い手が私の視界を真っ黒に塗る。
眼界は漆黒の闇。耳元から聞こえてくる低くて恐ろしい声。鼓膜に響く、恐怖。膝が笑って立っていられない。
気付いた時にはもう手遅れ。近付くもう1つの足音にも気付かなくて。逃げられずに、捕らわれて。
「あ、あああ、」
「くっくっく。よお、逢いたかったぜ。俺の可愛い子猫」
狐は嗤笑った。
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≫かなりの間を開けてやっとの更新です、すみませんお久し振りです。
とりあえず、大体のプロットは決まりましたので、これからは更新頑張りたいです!
それにしても早速、狐さん出ちゃいましたね苦笑。次回も狐さんきますよ!キノラッチも!笑(20070622)
読み返していて、崩子ちゃんは乗り物に乗ると寝る癖があったという事に今頃気が付きました(どこまでバカなんだお前は!!!)
急いで修正いたしました。・・・危ない・・・連載終了まで気づかない所だったぜ・・・(20080326)