第 参拾玖 話







絶対的な恐怖。染み出す悪意。縛られた体。囚われた心。
それはそれは、とても白くて冷たい狂喜のような狂気のような凶器のような嗤笑(わら)いだった。







「あああ、あ、あ、ああああ」


「くっくっく。そんなに俺に逢えて嬉しいのか?」







狐は嗤い続ける。

もう、なにがなんだか理解らない。頭の中が真っ白だ。真っ白。白。とてもおそろしい色。

背中から伝わる狐の体温が異常に冷たく感じる。なんだ、これは。

なんでなんでなんでなんでなんでどうしてこんななんでだってわたし、どうして、なに、これ、


私は、わたしはどうなっている?

・・・どうなって、しまった?


荒い呼吸を繰り返す。咽喉から勝手に掠れた声が漏れる。それは確かな恐怖。身体全体が危険信号を発している。


・・・・・・逃げなきゃ。


逃げる?どうやって?身体は後ろから狐に抱き締められるようにして固定されているのに?

視界は狐の手によって黒く閉ざされているのに?意思は狐に対する恐怖で怯えているのに?


もう、逃げられない。


私は完全に狐に支配されている。絶対なる、恐怖というものによって。







「まさかお前のような存在が俺の敵のすぐ近くに居るとはな。正直・・・・・・驚いたぜ。

 俺と同じか否、それ以上の存在のお前がこんな所にいやがるなんて想像もしなかったぜ。それでこそ運命!!

 俺の考えはやはり間違っちゃいなかった訳だ。くくっ。ったく飽きねえ世界だ、まったく」







耳のすぐ横から聞こえる声がおそろしい。そして酷く、不快だった。腹の底まで抉るようなそれ。

やっと呼吸は落ち着いてきたものの、狐面の男が言っていることが理解できない。

わたしが・・・・・・なんだって?

何を、言っている?こいつは、この男は一体何を言っているんだ?







「お前・・・・・・、今なんて」


「『お前、今なんて』。ふん。口の効き方がなっていないようだな。後でしっかり躾けてやる。

 ああ、そうだったな。お前は俺と同じか、否それ以上の存在だと俺は言ったんだよ」


「!!!」


「お前はこの世界の人間じゃあ、ないんだろう?くくっ、異世界人なんてモノは、漫画や小説の世界だけだとばかり思っていたが

 こうして現実にありえちまうと、大して面白いもんでもねえな。

 少し話が逸れたな。それでだ、その異世界人ってのは物語の外の人物な訳だ。なら、俺と俺の娘と似たようなもんだろ?」


「・・・・・・・・・・・」


「だから俺は、お前と俺は似たような、同じ存在だって言ったんだよ」







どこまで・・・知っているんだこの男は。私が異世界から来たと教えたのは極小数のはずだ。

いやでも、狐面の男の情報網ならそれぐらい分かっていても不思議ではないのかもしれない。

この男にはプライバシーなんて言葉すら意味を成さないのだろうから。・・・それは、かなり困るけれど。


狐面の男と同じ。似たような、或いはそれ以上の存在。


確かに、物語の外に私は存在しているはずだ。この物語にとっての私は、イレギュラーなもの。存在を認められないもの。

狐は私を自分以上の存在かもしれないと言う。・・・・・・それはどんな意味だ?


私は・・・、私は一体何者なんだ?


随分前に同じことを考えた。でも、あれは私は私自身という考えで解決した。

けれど、この場合も同じことが言えるだろうか?自信をもって、私は私自身だと、言えるか?

確かに、私は私自身であるけれど、この物語には私という存在が無い。存在を認られていない。イレギュラー。

それは果たしてわたしなの?







「あなたは一体、私のなに?・・・私は、何なの。あなたは、何がしたいの」


「今はまだ教えるべき時ではない、と言ったところだな。そう必死になるな。今はただ運命に流していただいておけ。

 何もしたくなくても、何かしなくちゃいけなくなる時が来る。次に逢うときまで、いいこちゃんして待ってろよ」


「・・・・・・お前になんか、もう2度と、遭いたくない」


「くくっ。『もう2度と、遭いたくない』、そう言うな。俺はお前に逢いたくて逢いたくて仕方がないんだからよ。

 ・・・おっと、頼知が帰ってきたか。さて、と」







狐面の男は、私を拘束していた腕を放して離れた。必然、私は床に座り込む体勢になる。

そこで私は初めて狐面の男を視界に捉えた。悲しくなる様な死に装束。狐面は付いている。おかげで表情が分からない。

けれどただじっと、私を見ているのは分かった。

奇野頼知が狐面の男の少し後ろに並んだ。狐面の男に危害が加われば殺すとでも言いたげな、視線だった。

狐面の男はしばらく私の方を見ていたかと思うと、






「縁が合ったらまた逢おう、。いや、≪侵入不能≫(キンドレッドキティ)







そう言い残してくるっと踵を返し、奇野頼知を引き連れてその場を去っていった。



どっと疲れが出てきた。緊張の糸がとけて、余計に身体に力が入らなくなってしまった。どうしよう・・・。

今思えば、狐面の男の言葉はどれも意味深なものばかりだった。信じられないような、ううん、信じたくないんだ私は。

狐の言葉は、ぐるぐると頭を巡る。・・・・・・正直もう、何も考えたくない。







「・・・ははっ、ほんと力入んないや」







ぺたんとお尻が床についたまま足にも手にもロクに力が入らないので立とうにも立てない。あー、もう本当にどうしよう。

色々とありすぎて頭が混乱し過ぎたのか、分からないけど不思議と笑いがこみ上げてきて、それが余計におかしかった。

そして何故だか無性に、いーに逢いたくなった。でも今いーに逢ったら、泣いてしまいそうな、そんな気がした。














     




≫すみませんすみませんすみませんまた間が空いてしまいましたすみません。
 そして調子に乗って狐さん喋りまくらせましたごめんなさい悔いは無いです!笑
 何ていうかシリアス全開ですね。ネコソギだからしょうがないってことで。(20070809)

復興完了+加筆修正(20071025)