第 肆拾壱 話







ぐうっと、静かな部屋に豪快になった腹の虫。







「・・・・・・・・・・・・はずかしいぞ、自分」







この部屋に自分しかいなくて本当に良かったと思える瞬間だった。

只今の時刻は午前11時半。もうお昼の時間帯だ。

起床したのは1時間ほど前のことで、朝ごはんを食べていないのは勿論のこと、完全に寝坊してしまっていた。

またやってしまったと思う。

と、いうのも今日に限ったことではなく、ここ数日はこんな生活が続いていた。

あの日
―――― 狐面の男に遭ったあの日から夢見が悪く、中々寝付けなくなってしまった。

やっと眠れると思うとすでに朝方で・・・、そうしてこんな時間に目が覚める。

・・・ほんと、存在自体が最悪な男だ。

はあ、と小さく溜息を吐いて、布団から身体を起こす。

寝すぎて固まった身体をほぐしながら、もやもやとした嫌な気分を追いやって、身支度を整えた。




身支度を整えて少しくつろいでいると、控えめなノックと共に「さん、起きていらっしゃいますか?」と声がした。

その声に返事をして、ドアを開けると立っていたのは素敵なメイドさんである、千賀ひかりさんだった。







「昼食の準備が整いましたので、お迎えにあがりました」


「いつもありがとうございます」


「いえ、これもわたしの勤めでございますから。それより、差し出がましいようですが、ご主人様がお待ちです」


「あ、ごめんなさい!・・・いーは怒ってましたか?」


「ご主人様はそのぐらいで怒るような方ではないというのは、さんもご存知なのではありませんか?」


「んー、どうでしょうね? ひかりさんのご飯をおあずけされてるんだから・・・怒ってるかも」


「それなら猶の事はやく行かなければなりませんね」


「あははっ、そうですね!」







しっかりと戸締りをして(と言っても、このアパートに空き巣が入る心配は皆無なのだが)、

ひかりさんと会話をしながらいーの部屋まで向かう。どうやら、みいこさんは外出中らしく部屋にはいないようだった。

部屋に入ると、いーが待ちくたびれたと言わんばかりに視線を私に向けた。







「・・・ちゃん、遅いよ」


「ごめん、その、うっかり寝坊してしまいまして・・・」


「確か昨日もそう言ってたよね? 吐くならもう少しマシな言い訳を」


「うーそーじゃーなーいー! 寝坊したのは本当だもん!」


「・・・・・・・・・・・・」


「し、信じてないなその目は!!! いーの人でなしー!」


「まあまあ、ご主人様もさんもそのぐらいになさって下さい。折角の料理が冷めてしまいます」







ひかりさんが少し残念そうに呟くので、一時休戦。

小さなテーブルの上に置かれた美味しそうな料理の数々に、思わずごくりと唾を飲んだ。







「それでは、料理が冷めないうちに」

「「「 いただきます 」」」







本日の昼食は、ご飯・味噌汁・さばの味噌煮・小松菜の胡麻和えの4品。

どれもこれも美味しくて、ひかりさんが来てくれて本当によかったと心底思った。

いや別に、いーや私の作る料理が不味いって訳じゃなくて、ひかりさんの料理が美味しすぎるだけなのだ。

うん、レトルトが続かないご飯なんて久し振り!(ほら、たまに作るのが面倒になる日って、あるじゃない?)


テーブルを挟んで向かい側に座るいーを盗み見る。

いつもと同じ無表情な顔(でもちょっとだけ嬉しそう)にご飯を黙々と食べている。

そんな普段と変わらないいーに、少しだけほっとした。

まだ彼は、私の知っている彼でいてくれている。それが今の私にとっての、唯一の救いであるような気がした。

加速するだけ加速していく、この謎だらけの不透明な物語の中で、その事実は光だった。

けれどあの男は、その救いである光さえも奪おうというのか。

光のない世界など、終わりでしかないのに・・・。
―――― いや、それこそがあの男の望みなのだ。


世界の終わり


私にとっての世界の終わりとは、いったい
―――――







「・・・ちゃん・・・・・・ちゃん!」


「え、な、なに?!」


「・・・お箸は食べても美味しくないよ」


「へ? あ!・・・・・・そ、そんなこと知ってるよ! ひかりさんのご飯、本当に美味しいです!」


「・・・・・・・・・」


「もったいないお言葉、ありがとうございます」







いつの間にか考え込んでいたらしい。

2人とも心配そうな顔をして私を見ているので、へらっと笑みを返して残りのご飯を消化することに集中した。

けれど色んなことが頭の中をぐるぐると巡っているせいで、折角の美味しいご飯の味がまったく分からなくなった。

やっとのことで食べ終わると、ひかりさんは空になったコップに麦茶を注いでくれて、食器をさげてくれた。

至れり尽くせりとはこのことだ。・・・慣れていないから申し訳ない気持ちになるけど。


かちゃかちゃと、食器を洗う音だけが部屋に響く。

まったりとした空気が流れる中、「ちゃん」と低い声で私は名を呼ばれた。

視線を向けると、いーは少し眉間に皺を寄せてまっすぐ私を見ていた。

その真剣な眼差しに戸惑いを感じながらも、いつものように私も彼の名前を呼んだ。







「最近・・・なにかあった?」


「!!!」







思わず身じろぐ。動揺、してしまった。

かまわずにいーは続ける。







「今までちゃんがこんなに遅い時間まで寝ていることなんてなかっただろ?

 なのに、ここ数日間それが続いている。それに
―――――――







すっと右手を伸ばしたと思えば、私の頬を優しく撫でる。







「目の下に少しだけ・・・隈が出来てる」


「・・・え・・・、うそ・・・・・・」


「何かあった? それとも
―――― 誰かに、遭った?

 ぼくの勘違いかもしれないけど、最近のちゃんは少し様子が変だ。いつもぼーっと考え込んでる」


「・・・・・・・・」


「嫌じゃなかったら、言ってくれないかな? ぼくじゃ悩みを聞いてあげることぐらいしか出来ないけどさ」


「そんなこと!・・・そんなこと、ない・・・。いーはいつも、助けてくれる」


ちゃん・・・」







でも・・・、でもね。

今回のことは、話すわけにはいかないんだ。これ以上、いーに余計な心配をかけさせるわけにはいかない。

だっていーは沢山の人たちを護らなくちゃならない。あいつと戦わなくちゃならない。

なら、私のことなんか気にしてちゃいけない。私のことなんか気にかけちゃいけない。

私を護るより、みんなを護って。

みんなを助けるなら、私は見捨てて。

私を見殺しにしてかまわないから、みんなを、みんなを救ってあげて。

それが、イレギュラーである私の存在意義だろう。
私が誰かの代理品(オルタナティヴ)であればいい。そうすればきっと、誰かを救うことが出来るから。

だから
――――――







「なんかあれなのかな? いーの部屋じゃないから、寝つきが悪くなっちゃって・・・。

 別に姫の部屋が悪いってわけでも、ひかりさんが悪いってわけでもないんだけど、どうも眠れなくて。

 これはきっと姫が私に対してイジメ行為を夜な夜な働いているに違いないね!」


「・・・・・・・・・」


「遅くまで眠れなくって、こんな時間に起きるようになっちゃったの。

 だから、いーの思ってるような悩み事なんてないよ。・・・ごめん、心配かけちゃって」


「・・・そう、ならいいんだ。ぼくも余計なことを訊いちゃったね」


「ううん、私が悪いんだから。心配してくれてありがとう。・・・・・・ごめんね」







私は貴方に嘘を吐く。

それは真っ赤な嘘だけど、貴方を護る嘘だから。














     




≫ほんと、すみませ、ん!!!!!! スランプって言い訳ですかそうですよねごめんなさい。
 いろいろといろんなところでごちゃごちゃしてきましたね…。そろそろ加速し始めそうな予感であります。
 久々すぎていーたんの口調が分からない…泣 (20080327)