第 肆拾弐 話







京都一の高級住宅街、城咲にある高級マンションの32階。

ぼくは玖渚と別れて、駐車場で待っているひかりさんと崩子ちゃんの所に戻るべくエレベーターに乗り込んだ。

ボタンを押して一息吐く。

頭をよぎるのは、何かに耐えるように笑う女の子。







「・・・・・・ちゃん・・・」







最近のちゃんは、見ていて痛々しい。

ぼーと考え込んでいることが多くなったし、寝不足で出来た隈も、日に日に濃くなっているように思う。

けれど、なによりも彼女が無理をして笑う姿が1番痛々しかった。

この間だって、その笑顔で結局ははぐらかされてしまった。そしてぼくはまた、彼女に無理をさせてしまった。


・・・・・・そんな顔をさせたかったわけじゃないんだけどな。


彼女から直接聞くことは出来なかったけど、原因は狐面の男だろうと、なんとなくだけどそう思った。

思ったけれど、理由が分からない。

狐面の男はぼくを敵と見ているわけだから、ぼく以外の人間を巻き込んではいないはずだ。



いや
――――――――――― まだ巻き込んでいないだけで、本当はもうとっくに誰かを巻き込んでいるのかもしれない。



だけど、だとしても。

ちゃんがあんなになる理由が分からない。

仮に狐面の男との接触があったとしても、あそこまで酷くはならないはずだ。

だとしたら、もっと他に別の理由があるのだろうか?


はあ、ともう1度溜息を吐く。

ぼくはまだ、あの男について分からないことが多すぎる。

経歴については、この間ひかりさんに教えてもらってやっと掴めたようなものだが、それにしたって謎な部分が多い。

あの男が何を考えて行動しているのかなんて、さっぱり分からない。

貫き通しているのは2つの自論と己の欲望。



バックノズルとジェイルオルタナティヴ

そして
―――――――――――――――――― 世界の終わり



そんな勝手な自分の都合にぼくを巻き込まないで欲しかった。

でもそれは必然で、なるべくして起こった、因果応報。

ぼくと狐面の男が敵対、対立することは初めから決まっていたことだった。

だからぼくは1人で立ち向かう覚悟を決めた。

まだ、誰も巻き込む覚悟は決めていない。だから彼女には何も言わずに黙っていた。

5月から同居生活を始めて、ぼくと彼女は赤の他人ではなくなった。・・・家族に近いものになったのかもしれない。

彼女はぼくのなかで大切な人になった。気にかける対象になった。


――――――――――― 失いたくない、人になった。


他人になんて興味のなかったぼくがこんなことを言うなんて、どうかしてるのは分かっている。

自分だって驚いている。

こんなにも自分の中で、彼女の存在が大きくなっていたことに。

でもそれは・・・・・・責任感からなるものなのかもしれない。

彼女の生活を保障する、と言ってしまったからそれを果たさないといけない、とでも考えたのかもしれない。

実際のところ、そうなのかもしれない。

・・・でも、そうじゃないと否定する自分がいるのも確かで。







「・・・・・・戯言だよな、こんなこと」







ぽつりと呟いた言葉は、思ったより自信がなかった。

ぼくはまだ認めたくないんだ。

こんなことを思っている自分も、彼女を心配する自分も、彼女を大切に思う自分も、認めたくない。

認めてしまったら、今までの自分を否定してしまう気がするから。

ぼくの周りでは人が死んでいく。

ぼくが手を下さなくても、ぼくに近づくとみんな死んでいく。

巻き込んでしまう。傷をつけてしまう。



事故頻発性体質



大切な人が居るのはつらい
――――――――――― だって失うことが怖いから。

大事な人を護るのは難しい
――――――――――― だって傷付けてしまうから。

ぼくは弱虫で臆病者だ。戯言で自分の身を護っている。他人のことは、護れない。

狂わすことは出来たって、護ることなど出来はしない。

それがぼくだったのに・・・。

今だって
―――――――――― 思い出すのは彼女の笑顔。







「・・・・・・・・・ただ、ぼくの隣で微笑ってくれるだけでいいんだ」







それだけでぼくは、救われるような気がするから。

そう思うことはいけないことだと理解しているけれど、認めてはいけないことだと理解しているけれど、

思わずにはいられなかった。

だからまだ、ちゃんには狐面の男について黙っていようと思う。

巻き込む覚悟が出来たら、もしくはどうにもならない状況が来た時は、腹を割って話そうと思った。


意識を戻すとエレベーターはもうすぐで目的の駐車場に着くようだ。

少ししてドアが開く。エレベーターから降りるとホールに、

狐面の男がいた。







「・・・・・・・・・・・っ!? な・・・・・・っ」


「よお、俺の敵」







狐面の男は
――――――――― 実に普通に、ぼくを一瞥しただけで、すぐに、手にしていた漫画本に、目を戻した。














        




≫こんなに早く次の話を書いたのは久し振りだ…!(阿呆)
 いーたん語り部でのお話となりました。最後は本文から転写させていただいております。
 家族に近い存在、だから大切にしたい。だからまだ、話せない。(20080403)