第 肆拾肆 話







「お味の方はいかがですか?しょっぱくなり過ぎたりはしていませんか?」


「え、あ、はい!すっごくおいしいです、このお味噌汁」


「そう言って頂けると、わたしとしても作ったかいがあります」







テーブルの上にずらりと並んだ和食の数々。一品ずつに手抜きはなく、味も料理人顔負けの美味しさ。

もしもの例え話だとして、まずないだろうとは思うけど(ここまで重ね重ね言うと大変失礼だけど)

この人はいいお嫁さんになれるだろうと、一緒に食卓を囲んでいる千賀ひかりさんを見て切実に思った。

いつも思うけど、本当にご飯がおいしいんだもん・・・!

つい食べ過ぎてしまって、体重が少しばかり増えてしまったのは秘密だ。







「ごちそうさまでした」







両手を合わせて言うと、ひかりさんは「おそまつさまでした」と微笑んでくれた。

なんて可愛らしいお方なんだ・・・!いーが夢中なのも頷ける。

と1人で納得していると、ひかりさんがささっと食器を流しに持っていってしまった。







「ああ!ひかりさん!私も洗うの手伝います!!!」


「いえ、これはメイドであるわたしの仕事ですからさんはくつろいでいてください。

 洗い終わりましたらご主人様のお部屋に戻りますから」


「だ、ダメです!悪いですから!洗った食器を拭くだけでもいいのでやらせてください!」


「それでも・・・」


「今、ひかりさんが仕えているご主人様はいーですよね!!!

 なら私がお手伝いしても大丈夫じゃないですか?」







それがひかりさんの仕事だとは分かっているけど、それでもいつも洗ってもらって悪いし、

いーが不在だというのに居候の私のためにご飯を作りに来てくれたひかりさんにせめてものお礼をしたかった。

すると、ひかりさんは観念したというように小さく笑って、







「それでは・・・さん、食器を拭くのをお手伝いして頂いてもよろしいですか?」


「はいっ!」







と、お願いをしてくれた。

私はそれが嬉しくて、勢いよく立ち上がってひかりさんの隣に並んだ。

泡を洗い落とした食器をひかりさんから受け取って拭く。

丁寧に洗いすすぎ落とすひかりさんを見ながら、自分もいつも以上に丁寧に拭いていると声をかけられた。

手を止めてひかりさんを見ると、ひかりさんはこちらを向いていなかったので、私も作業をしながら耳を傾ける。







「眠れないのはとても辛く、心身ともに疲労が蓄積してしまうことでしょう。

 その原因となるものが一体なんであるのか。わたしにも・・・ご主人様にも分かりません」







ぴたっと止まってしまった作業をなんとか再開する。

平静を装っても鼓動はやけに騒がしい。







さんがその原因となるものについて、悩んでいらっしゃるのも存じております。

 あなたのその痛ましい姿を見るたびに、寂びそうにしていらっしゃるご主人様のことも」


「・・・・・・・・・」


「きっとわたしなどが問うても答えてくださらないのは百も承知ですけれど、

 心配していらっしゃるのは、なにもご主人様だけではありません。

 このアパートに住む皆様があなたを心配していらっしゃいます」


「・・・みんな、が・・・ですか?」


「そうです、皆様が、です」







知らなかった、というより気付かなかった。

どうしてと問うこと自体が愚問だと分かってる。

だって優しいみんなの事だから、心配している姿を見せずに心配してくれたのだろう。

あの人たちは皆、自分よりも人の心配をしてしまうような、人達だから。

ふと、思う。

最近いーとちゃんと会話したっけ・・・。

そういえばご飯の時に顔を合わせるだけのような気がする。

一緒に住んでいた時みたいに、おはようもおやすみも、いってらっしゃいもただいまも・・・言ってないかもしれない。







「無理に元気に振舞えとは言いません。

 そのような事をしたら、余計に心配をかけてしまうのは目に見えています。

 ですから、少しぐらい誰かに頼ってみてください」


「・・・・・・ひかりさん」


「ご主人様に弱音を吐けないのなら、わたしでも構いません。

 ほんの少しでいいから胸の内を吐露してしまった方が、少しは楽になるかもしれませんよ?

 このような言葉をもしかしたら、先にご主人様にも言われているかもしれませんが・・・。

 さんはもう少し、誰かに寄りかかった方がいいと思います」







カチャ、と最後のお皿を洗い終わったひかりさんは、私にお皿を渡して、玄関へと足を運ぶ。

私はというと零れそうな涙を必死に堪えながらも、何とかすべてのお皿を拭き終えて同じく玄関へと向かう。

ひかりさんは私が終わるまで待っていてくれた。







「それではわたしは戻ります。何かございましたら、ご自由にお呼びください」


「ひかりさん・・・ありがとうございます」


「いえ。さんの素敵な笑顔が戻る日をお待ちしております。

 では、ご主人様のお部屋の掃除をしますので、失礼いたします」


「また・・・いらしてください」







一瞬だけきょとんとしたように見えたけど、すぐににこりと微笑んで素敵なメイドさんは行ってしまった。


・・・・・・いかん。最近、どんどん涙脆くなっている。

それに私は大馬鹿者だ。

自分の心配ばかりして、不安に押し潰されそうになったら逃げ出しての繰り返し・・・。

そんなんじゃ、駄目だ。

そうだよね?・・・・・・いー。

たくさんの心配をたくさんの人にかけてしまった。それにこの間も、いーには悪いことをした。

今度・・・いーが帰って来たら真っ先に話そう。何もかも、隠し事などなくすべて。

それが多分イケナイことだっていうのは分かっている。だけど、救える命があるとも思う。だから。







「そうと決まれば・・・。んー、汗でも流して来ましょうか、ね!」







寝汗で不快感マックス。

さっぱりしてから改めて考えようと思った。














         




≫お待たせしました!1年以上振りの更新です。申し訳ない気持ちでいっぱいです・・・。
 ひかりさんみたいな優秀なメイドさん・・・近くにいないかな(無理いうな)
 そしたら更新も早くなr(言ってろ!)(20090717)